緒川たまき

吉本興業が所属芸人11人の謹慎処分を発表。

 

5年前の反社会的勢力(要するに振り込め詐欺グループ)の誕生会に出席し、金銭を授受したことが判明したとのこと。カラテカ入江は早々に解雇を言い渡されていたが、「反社会勢力とは知らなかった」「金銭は授受してない」との説明を受け、出席者である数名のタレントは厳重注意処分となっていた。しかし週刊誌報道の二の矢三の矢を受け、それではごまかしがきかなくなり、今回の処分に至る。

 

んまあ、この件に関しては「そりゃそうだろうね」しか感想がない。身内にあたる松本人志が「金銭の授受がなかったなんてことは考えられない」とまで言い切っていた。芸人、芸能人の常識として「お金が発生していないところであんなに全力で歌や芸を披露するわけがない」ということだろう。それは芸人の矜持と言ってもいい。

 

だから「金銭の授受がなかった」のであれば、謹慎した芸人は逆に「じゃあなんであんなに全力で芸をやっているのか」という説明をしなければいけなかった。その一方で「お金が発生してないのに芸を全力でやらないといけないような雰囲気があった」とするならば、それは薄々、いやがっちりと「反社会的勢力」だということに気づいていた、という考え方も出来る。だから「知らなかったし、お金を受け取ってもいない」は説明として詰んでいる。

 

また、吉本だって「反社会的勢力」だったことを出演者が把握していたかどうかはまだしも、金銭の授受があっただろうことは容易に分かったはずだ。しかしそれを最初に「厳重注意処分」としたことは、これはもう悪手でしかない。言い訳をかました芸人たちも悪手だろうが、それを糺す立場にあったはずの会社が、その言い訳に一旦乗っかった形で、あとから「やっぱり処分します」は、会社としてのマネジメント能力がゼロですよと自ら白状しているようなもんだ。

 

個人的には「反社会的勢力から金銭を受け取ってしまったこと」はイカンことだとは思うが、本当に普段からの繋がりがなかったのであれば、速やかに謝ればそれで済んだ話だと思う。「知らなかったとはいえ(あるいは知っていたことを隠しているとはいえ)、受け取ってしまったことは事実であり、速やかに然るべき対応を取りたい」と発表していれば、大げさな話になることはなかったろうに。少なくとも現時点で当事者以外全員が思っているであろう「ただの嘘つき」というレッテルは免れたであろう。

 

しかし吉本が、早々にカラテカ入江を「切る」ことで他のタレントを下手にかばおうとして事態の収束を図ろうとした結果、もはや反社会的勢力から金銭を授受したことよりも、保身のため完全なるウソをついたことのマイナスイメージが拭えなくなっている。ミスには寛容でありたいが、保身のためのウソはそうそう寛容になれない。どうなんだろう。

 

さああと問題なのは、彼らが関わっている番組がどんな措置を取るかだ。一番の注目はやはり「アメトーーク」。番組の構成上宮迫がいなくてもどうにかなるとはいえ、かといって宮迫抜きで番組を成立させるべきなのか、という問題に直面する。蛍原一人で司会を続けるのか、それとも誰か代役を立てるのか、はたまた番組そのものをどうにかしてしまうのか。たぶんテレ朝はもう既に対策を打っているはずなんだ。何かを「知っていた」からこそ、先週「立ちトーク」を放送したんじゃないかなあ、と何となく思っている。

 

あとは非吉本なので完全にいなかったことになっているザブングルが本当に誰にも話題にされず干されていくのかと思うと、これは悲しい。「向上委員会」でもう魔王は見られないんだろうね。合掌。

 

本当は昨日札幌競馬場で見てきたとんねるず石橋貴明の素晴らしさについて書こうと思っていたんだけど、まあ今日はこれでいいや。

 

敏感

西川史子篠田麻里子の握ったにぎりを食べるのがイヤだったようで。

 

篠田が「サンデージャポン」にゲスト出演し、結婚の決め手が玄米だということで、自ら玄米おにぎりを作って出演者に振る舞った。しかし西川は他人の作るおにぎりが苦手だったようで、食べることに乗り気ではなかた。しかし周りから色々言われて渋々食べていた、という話。字面を見ると西川が酷い女に見えるが、実際の放送を見ればそこまで拒否していたわけではない。

 

現象だけを見れば「そこまで神経質になる話でもないだろう」と思う。現に篠田のおにぎりは美味しそうだったし、ちゃんとラップで握っているから潔癖症の人が口にする「菌がついてそう」みたいな話にはならない。だからまあ西川が拒否したのは単に「そういう食べ物が苦手」ということでしかない。個人的にはさっりその気持ちが分からないんだけど、かといって「そういう人がいる」ということは知っているので、特段滑稽だとも思わない。

 

自分はこの手の話題が出るとき、つくづく色々なものに鈍感で良かったなあと思う。

 

例えば霊感。ある人からすれば「これはやば」とすぐ分かるようだけども、霊感がマイナスにまで振り切れているらしい自分は全く何も感じない。変なことを言えば、この手の現象を一切信じていないわけではないのだ。むしろ「まだまだ人間がよく分かってない何かはあるんじゃないか」とすら思っている。しかし生まれたときからステータスに霊感を振り分け忘れたようで、何も感じない。

 

また、この手の潔癖の話題も全然分からない。ちろん「得体の知れない人物がどこで作ったか知れないおにぎり」はちょっと怖いけども、「誰が作ったか分かるおにぎり」であれば何の問題もなく食べることが出来る。むしろガンガン行けるクチである。そりゃあ泥まみれの手で握られたらそりゃ無理だけども、普通に手を洗って作っているのに何の問題があるのかよく分からない。

 

そりゃ目にえない雑菌ってのはいる。最悪食あたりなんてことにもなるんだろうけど、殆どの場合が「そこ気にするならもっとダメなものがたくさんあるだろう」と思う。よく言われるのがスマホの雑菌だけども、そういうこと言う人に限ってスマホとかバリバリ汚かったりすることもある。だからまあ「何をどう気にするか」だけの問題だよなあとは思う。自分はトイレでスマホ使うのも平気平気。

 

世の中は敏感なほうがてはやされる。そりゃあ他人が気づかないことを気付けるのが「敏感」なのだから、能力的に優れているつうことになるんだろう。しっかし本来はどうでもいいことに気づくのは敏感なのか。それとも「過敏」なのかは難しいところですわなあ。今の世の中はあらゆることに対して「過敏」のような気がします。

 

西川のおにぎりに対する感覚は「過敏」だと自分は思うし、またそのことに対して特に関係のない人たちがわーわー言うのも「過敏」だろう。「ここがヘンだよ日本人」でわーわー言ってたのは「ケビン・クローン」だし、自分が敬愛してやまない西内まりやの恋人は「呂敏」だ。

 

……たいな、この程度のしょうもないボケに目くじらを立てるのはやっぱり「過敏」だと思う。そんなことに怒るならもっと敏感にならなければいけないことがあるんじゃないのか。たとえば自分がこの文章にしたためた魂の叫びとか、さ。

 

 

そして何になる

仕事休みでHDDのお掃除(=ただひたすら録画を消化する)をしていました。そこそこ時間があったので、普段億劫で見るのを後回しにしている映画でも見たろかいな、と思いまして「そして父になる」を見ました。日付見たら4年前に録画したやつ。今日がたまたま父の日なのですが、全然意識したわけではないです。「そういや今日集団左遷あるなー」くらいのノリです。

 

言っても6年前の映画であり、今更あらすじを述べたところで誰の何の役にも立たない。簡単に書けば「もしも6年間育てた子どもが他人の子だったら」という話です。「水曜日のダウンタウン」がうっかりノリで「6年育てたのが他人の子どもでも、やっぱり自分の本当の子どものほうが可愛い説」とかやってしまいかねないですね。やったら番組が跡形もなく終わるけども。

 

自分はHDDの番組を寝かせることはよくあるわけで、今見ると別の味わいが出てくることもある。一番簡単なところでいけば、ちょっとだけピエール瀧が出てたりする。「このくらいの出演ならサクっとカットして終わりだなあ」とか余計なことを思う。CMとして「(「そして父になる」の)是枝監督の最新作」という触れ込みで「海街diary」の宣伝が流れているのだけど、自分の録画リストの中には「海街diary」もあったりする。あと「幕が上がる」(ももクロちゃん主演の映画)のCMが出てきてちょっと照れる。なぜお前が照れると言われても困る。

 

最後まで見た自分の正直な気持ちは「自分がこれを見て何を思うべきなんだろう」だった。結婚してないし。子どもいないし。そりゃあ「いち人間」としては映画の肝の「家族とは何か」という部分で思うところがないわけではない。しかしその自分の感慨の大部分は「それを考えてどうなる」という切なさが後からやってくる。その感慨は「もし自分が蒼井優と結婚したら」と同じレベルであり「時間の無駄」感が半端ない。そしてそういうことを考えている自分がイヤになる。素直に感動すりゃあいいだろうよ。

 

エンディングになり福山の「家族になろうよ」が流れたらやっぱり泣いちゃうんだろうなあ自分は、とか考えてたらエンディングに流れない。どうやら「家族になろうよ」はこの映画と関係がなかった、ということに見終わって気付く。どこかで記憶がごっちゃになっていた。

 

とまあ映画とはおおよそ関係なかったり、考えても落ち込むだけの要素だったりと、素直な映画の感想とは程遠い惨めな気持ちになったのだけど、録画の最後にちょっとだけ入っていた「ミレニアムズ」の残骸を見て、ちょっとだけ笑顔になった。所詮自分はその程度の人間だ。そしてクズになる。

 

 

選ばれし人間

いきなり自分の話から入りますけども、自分自身の評価が高い人間ではありません。謙遜ではなく。

 

社会的な地位も高くないただのサラリーマンですし、なにせこの歳で結婚もしてませんし(綺麗な戸籍です)、何か特殊な才能があるわけでもないですし、話は面白くありませんし、人付き合い悪いですし、人間の総合評価なんてものをつけるとすれば、まあ結構な低評価でしょう。俺ログ0.8の人間です。

 

だから自己肯定感はあんまりなく、自分がここでこうしてどうでもいい意見を垂れ流しているのも「自分の言うことなんてハナクソ程度の意見でしかない」と思っているからです。「自分の意見はまず正しい」と思っている人間は堀北真希のワキをペロペロしたいなんてことは言わないです。ただ結構な割合で「そういう人間がいる」から世の中は生きにくいんですけども。それはまあいい。

 

そんなわけで、自分が「選ばれし人間」だなんて思うことは殆どありません。しかし最近、ちょっと自分が「選ばれし人間」なんじゃないかなあと思うことが一つだけあるんです。

 

それは大河ドラマ「いだてん」を面白いと思っていることです。

 

ここまで読んで「はいはい他人が面白いと思わないものを自分だけは分かっているというよくあるクソみたいな自己肯定」だと思ったあなた、落ち着こう。

 

もちろんそう思って頂いても構わない。しかし自分が「いだてん」に対して思うことは「これは面白いと思う人間の条件が限られているんじゃないかなあ」ということだ。ちょっと説明してみたい。

 

まず「いだてん」の一番可哀想なところは「大河ドラマ」であることだ。NHKの大河ドラマは1年で歴史上の人物や出来事を扱うドラマとして定着している。「いだてん」も金栗四三古今亭志ん朝という実在の人物を描いているれっきとした大河なのだけど、どうしても現代劇の側面が強く、そして大河ドラマを毎年楽しみにしている人たちは「歴史ドラマ」を期待してしまう。もうこの時点で「いだてん」は「なんだかなあ」となってしまっているんだろう。たぶん。自分がそうは思わないのであくまで推測でしかない。

 

そして脚本宮藤官九郎にありがちな「展開がよく分からない」という批判。宮藤が「池袋ウエストゲートパーク」(IWGP)で連ドラ脚本家デビューしたのが2000年。もう19年も前の話か。IWGPは原作のスピード感と宮藤の脚本のスピード感がマッチし、当時の若者(現在アラフォーの人たち)には熱狂的に支持された。自分も再放送でちゃんと全部見た*1

 

その後色々なドラマの脚本を担当するのだけども、事ある毎に「展開が早すぎて、あるいは複雑すぎてよく分からない」という意見を目にする。いつまで言ってるのだと言いたい。もうクドカンが出てきて20年だよ。いい加減慣れろ。あるいはずーっと見てるのにまだそんなこと言ってるのならもうクドカンドラマ見るの向いてないよ。「あまちゃん」はたまたま分かりやすかったんだろうね(恐ろしいかな自分は見ていない)。けどクドカンの真骨頂って時系列を無視した縦横無尽な展開だと自分は思うんだよ。「監獄のお姫さま」なんてまさにそれだったじゃない。「マンハッタンラブストーリー」もそんな感じでしたかね。

 

けど普段大河で時系列通りにわかりやすーくやってくれているドラマに慣れている人、そもそもドラマの視聴に得手でない人(自覚の有無に限らず)には「分からない」「面白くない」と思われても仕方ないのよ。でも残念ながら自分には今回のクドカン大河の「面白さ」が分かっちゃうんだよなあ。落語パートとオリンピックパートの入り組んだ感じとかとっても面白いんだけど、それが「分からん」と言われても「はあそうなんだ」としかならんのだね。

 

これはもう、世代的なもんでしかないと思う。

 

別に自分は人より特別多くドラマを見ているわけではない。もちろん毎クール何かしらのドラマは見ているけども、いわゆる「ドラマウォッチャー」と名乗るレベルではないし、ナンシースタイルで全ドラマの初回をチェックするほどの情熱(と時間)はない。そして前述したようにクドカンのデビュー作から目をつけていた、とかいう話でも全くなく、そこらへんの慧眼があるわけでもない。けど「いだてん」は面白いと分かってしまう。それはひとえに「世代としてこのドラマを楽しめる素地が揃っている」だけなんだと思う。その理由として大きいのが「クドカンドラマのテンポ感と構成にすっかり慣れている」ことなんだと思う。

 

それに加えて「出演者の豪華さにピンと来る」こと。はっきりいってこんなに豪華な出演者の大河ってあんまりないと思う。どうしても大河の出演者っていうのは歴史の流れでいうとある程度出演できる人が限られてくると思うんだけど、現代劇であり女性の出番も多い今回の大河は「これでもか!」というほどに豪華な出演者だ。自分のような人間はそれだけで見ていてワクワクしてしまうんだけど、これがあんまり若いとピンとこないんだろう。

 

つまりは従来の大河ファンやご高齢の方には「ドラマが分からない」し、若い人には「出演者にピンとこない」んじゃなかろうか。しかし「中途半端に年を取っていてクドカンのドラマにも慣れている」自分のような人間には超面白い。僭越ながら「選ばれし人間(世代)」を名乗らせていただこう。もちろん商業ドラマとしては「それじゃダメじゃん春風亭昇太です)」なんだろうが、それは自分の知ったことではない。

 

だから「いだてん」の視聴率が最新回で6.7%まで落ち込んでしまったことも、裏を返せば「このドラマを面白いと思える選ばれし人間(世代)が6.7%いる」ということであり、自分はその中に入っている。なんと誇らしいことよ。気象予報士の合格率は毎回5%前後らしいが、それだけ「いだてん」を面白がれる人間は「超狭き門」なのだ。これを「選ばれし人間」と言わずになんという。

 

だからはっきり言わせてもらう。「いだてん」は最高に面白い。これでいい。所詮「いだてん」を楽しめない90%以上の人間がクドカンとNHKの傑作を理解できずにぼやいているだけだ。もちろん理解出来ているのは自分の才能ではない。たまたま「理解できる世代」に生まれた神の祝福でしかない。だからこそ言おう。ざまあみろ。理解できない己の世代と才能を呪いなさい。自分は最高に楽しめている。ありがとう。

 

 

*1:当時本放送でこのドラマをキャッチできるほど自分の感覚は鋭くなかった。あと受験生だった。現役で落ちたけども。

ご存じ

6/9(日)の「アッコにおまかせ!」より

 

 

国山ハセン「えー、カラテカの入江さんが吉本を解雇という形になったんですが」

 

和田「入江なあ、バカなことしたなあ」

 

勝俣(ファン0人)「斎藤くんとか付き合いあるよね?」

 

トレンディエンジェル斎藤「そうですねー、いやもちろん先輩なんで知ってますけども…ちょっとコメントが難しいですね我々は」

 

峰「ここはしょうがないねえ」

 

国山「で、入江さんなんですが、振り込め詐欺のグループの会社の忘年会に、吉本の芸人さんを複数人紹介、出席させたことが問題になり、しかも会社を通さない、いわゆる闇営業だったことも重要視され、解雇という判断に至りました」

 

和田「これ宮迫や(ロンブーの)亮、(ガリットチュウ)福島なんかもいたんやろ?」

 

国山「そうですね」

 

和田「あいつらは大丈夫なん?」

 

国山「出席したほかの芸人さんたちはそういう会社の忘年会とは知らなかったということで、厳重注意ということです」

 

和田「まー、確かによく分からない集まりに呼ばれることって芸能人ならひとつやふたつあるじゃない。だから気持ちは分からないわけじゃあないけど」

 

勝俣「けど会社を通していればこんなことにはならなかったですよね?」

 

和田「そやなあ」

 

国山「入江さんは会社を解雇されたことに関してSNSを通じて謝罪コメントを発表しました」

 

和田「ま、それはええねんけど、これね、入江のことは私も前から知っているんだけども、入江は…」

 

(観覧客)(あ、例のシャチホコのやつ出る流れだなこれ)

 

勝俣「なんだかよく分からない人ですよね」

 

(観覧客)(勝俣!ナイスアシスト!ファン0人だけど仕事は出来る!)

 

和田「でー、ハセンさあ、入江はそもそも」

 

(観覧客)(はいはいくるよくるよ、笑う準備は出来てるよ)

 

和田「そもそもカラテカとしてよりも『イリエコネクション』ていう会社の社長の活動が今は顕著で、自分のコネを生かして人物をマッチングしたり講演会を行ったりでめっちゃ忙しかったやん。だから吉本を解雇になるってことで収入的には大きな痛手にはならんかもしれんけど、信用を失ったという意味では厳しいのかもなあ。ただそもそも入江に信用がどこまであったのか、という意味では若干怪しいねんけど…」

 

(観覧客)(詳しい!一般人よりも全然詳しい!「何をしている人」かちゃんと把握している!)

 

 

 

和田はここらへん寄せてこないんだよなあ、てな日曜日の昼になるような気がして。

 

何かを得て、何かを失う

南海キャンディーズ山里、蒼井優と結婚。

 

なんかスマホが鳴ったなー、と思って目が覚めて見たら速報ニュースで「えぇぇ!」と叫んでしまった。今年で言えば「ピエール瀧逮捕」と同じくらいのレベル。同列に並べて申し訳ないけども。ピエール瀧に(そっちか)。

 

とはいえ、山里が蒼井優と知らない仲ではなかったことは「不毛な議論」リスナーであれば誰でも知っていること。だからこそ結婚という事実そのものには驚いたけども、相手が蒼井優ということには「あー」「そうきたかー」という感じ。蒼井優は色々な男性と浮名を流した女優でもあり、最終的に落ち着いたところがここだったか、という気持ちもある。

 

色々言いたいことはあるのだが、自分が今一番言いたいのは「ラジオ、辞めようか」である。

 

最大の理由は「リスナーへの分かりやすい裏切り」だろう。もちろん「不毛な議論」リスナーは自分と同じように裏切りであることを呪いながらも、山里のことを「ふざけんじゃねえ、おめでとう」というマムちゃん(毒蝮三太夫)スタイルで祝福する。それでいいと思う。ラジオパーソナリティとリスナーの健全な関係だ。それはいい。

 

しかし山里は常々「何かあったらラジオで言う」と言っておきながら、まあ、当然のように隠しましたわな。オードリー春日が「モニタリング」でプロポーズを成功させたりフライデーで夜遊びをすっぱ抜かれたときも「悔しい」とか「おかえり」とか言ってたけども、時系列で考えればもう既に付き合っていたんですよね。これを裏切りと言わずに何というか。そう、「保身のための幸せ隠し」ですよね。

 

結局山里は全てをラジオで晒すことなく自身の幸せを守ったのだ。当たり前だけどね。けどその当たり前を採ったことは、やはりちょっと寂しいというか、山里が本来持っていた何かが失われていく瞬間だったのかなあとは思います。山里も人の子、人並みの幸せを優先した40代。そりゃそうだよ。

 

その幸せの余波なのか、最近のラジオがちょっとつまんないなあとは感じていたのです。これは自分が変化に敏感だとかいう話では全くなく、山里がネットでゲーム実況を始めてその話ばっかしてることに対し「興味ねえなあ」と思っていたからです。ゲーム実況を始めたことと結婚はなんら関係がないとは思うのですが、一方で「今までみたいな話はもうできなくなった」と山里がふんわり何か感じていたからなのでは、という思いもある。

 

人は全てを手に入れることは出来ません。山里亮太という芸能人はこれで金と綺麗な嫁、という2つを得てしまった。これはラジオを失っても致し方ないと思うのです。だから、結婚している間はラジオを失うべきではないのか?と素直に思う。

 

今言う話では絶対にないのだけど、この結婚はたぶん間違いなく破綻するだろう。山里がどうこうではなく、蒼井優がそういう女性だからだ(そしてこういう性格の蒼井優が悪いわけでもない)。言ってしまえば蒼井優が飽きるまでの結婚。だからこそ山里はこの幸せな時間をできるだけ幸せに享受し、そして別れたときにその恨み辛みを再びラジオにぶつければいいのだ。だからこそ、結婚期間をまるまる充電期間に充てていいんじゃないのか。

 

そしてその間のラジオはアルピーに任せてほしい。アルピーも山里が離婚するまでの期間と決まっていれば気合いも入るだろうし、また世の中で数少ない「山里の結婚が長続きすることを願うコンビ」になるだろう。そしてアルピーJUNK昇格初回には平子と因縁の「カジメタル・ジャケット」ことテレ朝加地Pを呼んで対決してほしいわけですよ。こんな話を書いてしまうのも、同日深夜に放送されている「テレ東佐久間宣行のANN0」のほうが最近面白いってこともあるわけで。*1

 

何はともあれ、結婚はめでたい。幸せと引き換えにラジオをアルピーに譲ってくれ。頼む。

 

 

追記(6/6 9:20)

これを書いてから記者会見があってラジオがあって「スッキリ」生出演があって、自分の感想もだいぶ最初の印象からは変わってしまいましたが、ファーストインパクトがこんな感じだった、という意味も込めてこのままにしておきます。山里の記者会見での無双っぷりと信頼感、蒼井優の山里の仕事に対する尊敬の姿勢、そして何より相方しずちゃんの優しさ。祝福される要素しかないですよこの結婚は。

 

ただまあラジオは譲ってほしいという気持ちは変わらないですけどね。

 

 

 

 

そして北海道ローカルな話ではあるが、STV木村洋二アナウンサーが定年を目前にしてSTVラジオの取締役に就任。STVは「ごきげんようじ」に続いて洋二を囲い込むことに完全に成功した。あとは明石スポーツ局長をどうするかだぞ、STV!(頼むぞ!)

 

 

 

*1:アルコ&ピース平子が、加地が演出を務める「アメトーーク」に出演した際に客が引いていくなかずっと伝わらないボケをやり続け、収録後加地に20分くらいガチ説教をされたという話が佐久間のラジオで紹介された

やっぱそうなるのね

アメトーーク」でバラエティ大好き芸人。

 

普段出演する側のお笑い芸人が、自分の好きなバラエティを語って丸々1時間。Abemaで放送されたAVサミットの地上波版だと思って頂ければいい。違う。

 

放送内容に関して言えば「自分が普段ここでやっているようなことを芸人がしっかり語ってくれる」というものであり、「それを芸人がやってしまっては、もうこっちは何もすることない」である。楽しかったけど、「さすが芸能人!」というような発見だとかがあるわけじゃあなかった。まあ芸能人といえどテレビ見るときはいち視聴者なんだなあと。まあ「新春テレビ放談」みたいな「私たちわかってますよ」感がないだけマシだったかなあと。完全にひねくれ目線なのでこうなってしまう。イヤな視聴者ですね。何様だと自分でも思う。

 

そんなクソ視聴者が今回の放送を見て思ったのは「やっぱりフジは偉大だった」んだということ。過去形なのが悲しい。収録時間が差し迫る中、芸人が「永久保存版の番組」として挙げたのが、「いいとも」「めちゃイケ」「おかげでした」の最終回と、ことごとくフジの長寿バラエティの最終回だったということ。そりゃあまあ永久保存版なのは芸人じゃなくてもよく分かる話だ。これだけの番組が数年の間に、そして平成の間に次々と終わっていったという事実を鑑みると、やはりフジは大きな転換を迫られたんだなあと改めて思った。切ない。

 

一方で芸人が「今見ている番組」として挙げられたフジの番組は「脱力タイムズ」くらいだろうか。そして「脱力タイムズ」は見ているんだけど、その後の「ネタパレ」は全然見られてない。まあ自分も見ていないんだけど。なんでだろう。

 

最後にこれだけは絶対書いておきたい。おしゃクソこと品川祐が誰に頼まれたわけでもないのに「好きなプロデューサー」をフリップに書き並べていたが、「アメトーーク」加地氏を筆頭に、フジ片岡・戸渡氏、マッコイ斎藤氏、テレ東佐久間氏、TBS藤井氏と自分のようなテレビ通ぶったクソ視聴者が言い出しそうなことごとく有名な人ばかりで、「やっぱり品川ってこういうヤツだよな」って思わせてくれました。最近「品川はやっぱり有能」キャンペーンが激しかったので世間に許されつつある雰囲気を醸してはいたけども、こういうところに本来の「クソ」部分が見え隠れして、それは面白かったです。