誠意って何かね

気付いたらまた1週間放置してた。昨年頑張りすぎたのかもしれない。いっそのこと「週刊化」したらどうかとか考えたりする。しかし週刊化することで「1週間に1度は更新しなければ…」というプレッシャーに押しつぶされる気がする。まあ誰もプレッシャーなんてかけてこないんですけどね。

 

自分だって「お金と締切」さえあればちゃんと毎日でも毎週でも更新すると思うわけです。しかしそれは世にいう「連載」であって、プロの所業。グレートアマチュアリズムを目指す自分からすれば、ちょっと荷が重い。誰にも言われず日々続けていることなんてテレビ見ることとおっぱい眺めることくらいですよね。オナニーと言わなかったのはもう年齢が年齢だから。加齢臭あふれる文章だな。

 

それはともかく日テレである。

 

深イイ話」と「しゃべくり007」のコンボ番組がもう常態化していて、もはや何の番組でもいいよとか全員思っているんだろうけども、「深イイ」で取り上げられたのがバービーと3時のヒロイン。バービーはともかく、日テレ「THE W」で優勝した手前、何が何でも取り上げなければいけない3時のヒロイン。大してありもしない裏側をとっくに晒してしまっているようで既に切ない。強制大量消費ってのも酷だ。

 

いっぽう「しゃべくり」ではSHELLYが登場。先日離婚を告白してから、こちらも主に日テレで「離婚バブル」である。それもそのはず、レギュラーもってるのは日テレだし、なにしろ離婚したお相手は「しゃべくり007」で出会ったディレクターだし、SHELLYの収入の半分くらいは日テレであり、色々な意味でSHELLYのフォローをしたくなるのも日テレなのだ。

 

とはいえ、視聴者からすればSHELLYの離婚は「そこまでバリューのある話題」ではない。いや少なくとも自分はそう思っている。もっといえば「そっとしといてやれ」なんだけど、日テレの老婆心なのか、それともSHELLY本人のやけっぱちなのか、やたら離婚推しをしてくる。過剰なサービスだと思う。

 

そりゃSHELLYからすれば気を遣われるくらいなら自分からネタにしよう、あわよくばマネーにしてやろうという魂胆があり、日テレも幾許かの後ろめたさをバラエティとして昇華できることがありがたいのだろう。しかしそれは視聴者のニーズに合致しているのかなあ、とはちょっと思ってしまうのだ。いや日本人、とりわけ今テレビを見ているような層は離婚話とか好きだろうけど、けどだ。SHELLYの話とか誰が欲してるの?

 

自分からすればそのサービスの過剰さはちょっと勃たない。「ほら、おっぱい見たいんじゃろ?おっぱい?どうぞご覧ちょうだいなー ボイーン(効果音つき)」くらいの「そうじゃないんだよ」感がある。おっぱいは見たい。しかし相手から過剰にそれを突きつけられ楽しむというのはちょっと違うんだよな。オマエは何を言ってるんだと思うかもしれないが、SHELLYと日テレのやってることって、そういう感じなのだ。

 

私生活の切り売りが下品という議論もあるが、今回はそういうことじゃない。単に「離婚の話ってそんなに本人から過剰に切り出して話されても、ねえ、なあ」という話だ。おっぱいもちょっと恥ずかしそうに見せられるくらいが一番興奮するわけで、最初から「乳でおま!舐めてちょんまげ!」と言われるのは「舐めるけど、舐めますけども、なんかなあ」(夏井いつき先生の査定2点)くらいの俳句をしたためたくなる心地になるわけです。

 

それもこれも日テレの「課せられた義務に関しては全力でやりますよ!」という悪い責任感の為せる業だと思う。日テレは「THE W」の副賞にしろ、SHELLYの扱いにしろ、もうちょっと雑にしていいと思う。むしろ雑にしても誰も怒らない。3時のヒロインの出演番組が2つ3つ、あるいは10くらい減ったところで、怒るのは本人と一部関係者だけだ。視聴者は1ミリも怒らない。だから「THE W」の副賞も「日テレのバラエティ100くらいあるやつから15くらい出す」くらいの雑な感じにしよう。今日テレに必要なのは誠意ある雑さじゃないか。

 

この部分が本当に言いたかったことであり、決して「乳を舐めてちょんまげ!」の部分ではない。誰も信用していないのだろうが。

 

 

もてあそんでオジサン

油断して10日も放置しておりましたが、今年も鋭意更新予定です!

 

そんでまあ油断している最中にもけっこう番組は見ていたつもりなのですが、「ああ、オジサンの心をもてあそんでいるなあ」というシーンにいくつか遭遇しましたので羅列してみたいと思います。

 

小池栄子(1/9 カンブリア宮殿

栄ちゃんこと小池栄子が「カンブリア宮殿」で同じくMCを務める作家村上龍から絶大なる信頼を得ていることは画面上からも伝わってきます。そんな信頼を敢えて無粋に言葉にするならば「栄ちゃんは俺のもの」です。もちろん小池栄子は結婚しておりますし、実際は全然村上龍のものではないのですが、ことカンブリア宮殿のあのフィールド内においては「栄子は俺の嫁」状態ですね。性格に伝わっているかどうかは怪しいですが、他に言いようがないのも事実。

 

そんでもって1/9の放送回。様々な言語に対応する翻訳ツール「ポケトーク」を開発したソースネクストの社長が登場。そのデモンストレーションとして、スタジオに顔をゆがめてうずくまるイタリア人が登場。小池がポケトークを使って話しかけるというもの。まあ自然な流れである。

 

しかしそのイタリア人が調子に乗って(いや台本だったのかもしれないけど)「話しかけられたら平気になった」とか「このあと食事どう?」とかポケトーク越しに口説いてくる。そうしたら小池も嬉しくなってしまってなかなかトークをやめない。すると村上龍は思わず「長くない?」とつぶやいてしまったのだ。これはもう完全に「龍ジェラシーモード」である。

 

もちろん村上龍が「本当に長いと思っていた」可能性はわずかながらある。しかしどう考えても「俺の栄子に手を出すな(怒り)」のほうが正しい。小池栄子村上龍の心をポケトーク越しに鷲掴んでいた。2020年もカンブリア宮殿のMCは安泰である。

 

広瀬アリス(1/10 ドラマ「ハラスメントゲーム」スペシャル)

「オジサンはすずよりアリスが好き」でお馴染み広瀬アリス。2年前に放送された「ハラスメントゲーム」のスペシャルドラマが放送。レギュラー出演していたアリスももちろん登場。昨年末の「探偵が早すぎる」もそうだが、アリスのドラマは総じて評判がよいように感じる。ポスト柴咲コウだと勝手に認定。

 

ドラマでのラストシーン、特任の職務を終え函館に帰る秋津(唐沢寿明)を見送る真琴(アリス)。もはや上司と部下の関係ではないが「センパイ」「室長」と呼び合い、信頼関係が築かれている二人。別れ際にも「いつまで室長と呼ぶんだよ」と言う唐沢。しかしアリスは「わたしにとって永遠に室長は室長です」とハグしながら唐沢に言うわけです。

 

世の中のオジサンは全員こう思ったことだろう。「アリスに抱きつかれてええええええ」と。ふたりの信頼関係を表すけっこう感動的なシーンではあるんだけども、それ以上にオッサンどもの感情を揺さぶるアリスのハグ。劇中の唐沢は「これってセクハラじゃないの?」と最高にクールに返しますが、世の中のオッサンなら勘違いして抱きしめてしまいかねない。そうしないことが分かっているからこそアリスはハグするのです。いやあ参った。

 

劇中では愛する妻と娘がいる唐沢ではあるが、アリスにハグされて揺らがないとは完全にコンプライアンスを遵守していますよね。しかし実際の唐沢は家に帰れば山口智子がいるわけで、そりゃあ揺らがないとひとり納得。

 

川口春奈(1/5 ドラマ「教場」後編)

フジテレビで放送されたスペシャルドラマ「教場」。お世辞抜きにかなり面白かったわけですが、そのキャストの中に川口春奈がいましてね。木村拓哉扮する風間教官に色目を使うシーンがありました。これが悲しいくらいにオジサンに響かなかったです。

 

いやもちろんドラマの雰囲気が「そうじゃねえ」って感じだったので、気持ちが全く乗らなかったこともあるのですが、それ以上に川口春奈の「オジサン転がし」がまったく似合ってなかったことが敗因です。ドラマのキャストはおおむね「素晴らしい」だったのですが、川口春奈においては「もう一声」だったかなあと。ただまあ警察のお偉いさんの娘であるという「育ちの良さ」と世の中をどこかでナメている「軽薄さ」の両方を備えているのはなかなか難しいので、川口春奈が悪いわけではないです。

 

その一方で川口春奈は「全裸で髪を洗う」という特技があるので、オールオッケーです。

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しかし自分が大々的に「全裸でおっぱい揺れてる」と書いたもんだから、最新バージョンはTシャツ着てます。これは完全に自分のせいです。申し訳ない。

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これでもおっぱいは揺れているしオジサンは歓喜するんですけどね。こんなこと書いたら次はスキーウェアでも着て完全防備になりそうだけど、それはそれで面白いので続編に期待したい。

テレビ疎外感

「新春テレビ放談2020」を見ましたが、例年のごとく共感できる部分が薄かったです。

 

自分もそれなりに「テレビを見ている人」だとは思うのですが、なぜかあそこに出てくる人たちの意見とあまり合う部分がないのです。しかしあそこに出てくる人たちはいわゆる「テレビのど真ん中」にいる人たちであり、彼ら彼女らの意見に賛成できないなんてことは「テレビの見方として間違っている」と言われているような気がしてならないのです。なんだか好きなテレビからNOを突きつけられている気分にはなります。

 

結局テレビが目指しているところは「大多数の人間に支持されるもの」ですから。そうじゃないと視聴率は取れないしネットはバズらない。しかし自分がテレビのそもそもの「おかしみ」だと思っているものは「大衆におもねろうとした結果見えてくる粗さ」だとか「テレビの作り手の見え透いた意図」だとか、「画面の中にいるのに画面の外側に漏れ伝わってくる何か」とか、その類のものであり、そもそもの「テレビ好きな人」のカテゴリに入っていないとは思うのです。しかし今テレビってのはまさに「そういう人のためのもの」に成り下がろうとしており、そこに抗おうとしている人たちの集まりが「テレビ放談」なわけで、そりゃあ意見が合うわけがないですね。

 

毎回見終わったあと「自分はテレビ好きじゃないのかなあ」と思わせてくれる唯一の番組が「テレビ放談」なのですが、もう見ないほうがいいのですかね。テレビのど真ん中の話題のはずなのに、自分がそこに参加できないという疎外感。なんででしょうね。

 

 

 

伊集院光がラジオで「人を傷つけない笑いがいいという風潮、早く終わらないかな」と言ってましたが、同感です。

 

伊集院はぺこぱの漫才に触れ、「(ぺこぱの漫才は)面白くするためにはどうするかを突き詰めた結果であり、人を傷つけないことを主眼に置いているわけではないだろう」という旨を説いていた。たぶんその通りだと思う。

 

自分はニューヨークのネタが好きです。ニューヨークのネタには根底に「他人を小馬鹿にしている」底意地の悪さが見え隠れします。単に小馬鹿にするのは悪口ですが、ネタというオブラートに包めばある程度は許されるということを分かったうえで確信的にやっている本当にタチの悪いコンビです。大好きです。紺野ぶるまとかもこの類です。

 

なぜ他人を傷つける笑いがいけないのでしょうか。そりゃあ人種差別とかは良くないですよ。しかし「バカな奴をバカと言ってバカにする」ことはそんなに悪いことなのでしょうか。バカな奴がバカと気付かないまま生活しているほうがよっぽど悪いし迷惑です。それを直接言われることなく、客観的に他人にはバカに見えているということを芸人のネタから間接的に気づかせてくれるというのは素晴らしくないか。少なくとも自分たちにはお前らがこんな風に見えているからな、というメッセージじゃないか。

 

ただまあテクニック的なものは必要で、バカリズムなんかも相当底意地の悪いことをやっているのだけど、見た目とテクニックである程度誤魔化されている。ニューヨークは嶋佐の目つきが凶悪だし、屋敷の顔が「人を小馬鹿にする顔」なので、完全に損している。けどやっていることはそんなに変わらない。バカリズムのほうが巧妙でより悪魔的なのに、全然批判されない。恐ろしい。

 

「他人を傷つける笑いに批判が集まる」ってのは、「その他人と称されるバカに含まれるバカがたくさんいて、その自分をバカにするな」ってバカが吠えているだけだと思うのです。こんなことを書くと「本当のことを書くな!」と吠えるバカがまた沸くと思うのですが、この文章を正しく読める方はその「バカ」に入っていないから大丈夫です。まあこうやって書いても怒るバカがいるんですけどね。そこがバカだって言ってるのに。

 

 

 

 

 

これで自分が「新春テレビ放談は自分のことを傷つけたから放送を中止しろ」だなんて言ったらバカみたいでしょ?そういうことなんだよな「他人を傷つける笑い」を批判している人って。それを笑ってるんだよこっちは。しかしそれも許されなくなる疎外感。どこに向かうんだろうなこの閉塞感は。

 

 

 

MONSTER

あけました。

 

新年一発目から「開運!!バナナバカリぶらり」という頭のおかしい(褒め言葉)番組をやっていたんですよ。名前こそ違うものの、かつて放送されていた「そんなバカなマン」でしかなかったわけですけどね。いまだに「復活しねえかなあ」とたまに思う番組のひとつです。その番組内で「設楽とバカリズムが指令を出して女性タレントの前でカッコつけないようにする」というコーナーがあったわけです。これもまんま「パシフィック・ヒム」でしかなかったです。新年から最高に笑いました。

 

ただ今回は日村さんだけではなくアンガールズ田中と宮下草薙の草薙も指令される立場に。全て三者三様で面白かったのですが、「いかに日村さんがモンスターであるか」を再認識させられました。

 

最初に挑戦したのはアンガールズ田中。この番組の前に放送されていた「爆笑ヒットパレード」にも出演し、生放送でキンタマを晒す(しかしこれはどっちかっていうとフジが悪い寄りのやつ)という失態およびお年玉からのこの企画。間違いなく2020年元日のMVPを挙げるならば田中さんだろう。その勢いのままに二人からの悪乗り指令を持ち前の気持ち悪さとミックスさせて地獄絵図に。お相手の女優駒井蓮さんは終始田中さんの珍妙な行動におびえつつも最後まで乗り切りました。この企画はお相手の女優さんの器の大きさが出てしまうのも面白さのポイント。その点においては今回駒井さんのファンは間違いなく増えたと思う。

 

次に登場したのが草薙。いつものネガティブな感じを逆手に取った「オラオラ系+裏では横柄」という指令に苦悩しながらもこなす草薙。これもお相手横田真悠さんが女神的対応でファンが増えたはず。草薙も「ぜんぜんやりたくないけども先輩芸人からの指令に苦しみながらもこなす姿」が印象的。これを見て「パワハラだ」とか言ってる人間は正月からスマホの画面がバッキバキに割れればいいと思う。

 

そしてトリを務める(チコちゃんが紅白で偉そうに語源を語っていたやつ)のは日村御大。さも指令が日常であるかのように淡々と「自分のもの」として指令をこなす姿はまるで鉄人28号かのよう。設楽バカリ正太郎くん(ショタコンの語源だよ、とチコちゃんが絶対に偉そうに語源を語らないやつ)の指令は絶対!

 

日村さんのお相手白石聖さんは顔こそほんわかしているものの、絶対に勝気な人です。日村さんが「聖の殻を破りたい」と割と強めのチョップをかましたのに対し(結構いい音してます)、白石さんも同じように日村さんにチョップをかますわけですが、これもけっこういい音がしました。日常的に女性にチョップをくらう生活をしている自分ですが(ウソです)、女性がかますチョップの音としては「割と強め」だった気がします。少なくとも女優さんが形程度にかますものではない。たぶん最初の日村さんのが痛かったので、つい力が入ってしまったのでしょう。

 

その後も日村さんに「30点」と言われて一瞬ムっとする白石さんでしたが、結局何度も何度もチョップを食らわされ(そして同じようにチョップを食らわせる)ても平然としていた白石さんはやっぱり器の大きい人なのでは?という感覚にトリップさせられます。白石さんに関してはファンが増えたか減ったか分かりませんが、変な方向から好きになった人はいるかもしれません。

 

自分のキモさに忠実に指令をこなす田中さん、先輩と自意識の板挟みで葛藤する草薙、そしてもはや指令を受けているのかそうでないのかすら分からない感覚になる日村さん。3人とも素晴らしいんだけど、やっぱり日村さんが群を抜いている。それはもちろん日頃から設楽統という悪魔に飼いならされている、ということもあるんだろけど、それ以上に「日村さんならテレビに映らないところであんなことやりかねない」雰囲気をナチュラルに出せるからだろう。それは「自分を殺して指令に忠実に動くことが出来る」ことと「本人がナチュラルに危ない雰囲気を醸すことが出来る」ことの両立が必要だ。草薙は前者が難しく、割と理屈屋の田中さんは後者が難しい。しかし日村さんは恐ろしいくらいに自然にこの両者が共存している。これはやっぱりただのモンスターだ。

 

というわけで元日から死ぬほど笑いました。これはいい1年になりそうです。わたくしが敬愛する平岩紙ちゃんが元日に結婚を発表しましたし、いいことしかありませんね。紙ちゃんと浜崎あゆみさんの子どもに幸あらんことを。

 

今年もこんな感じです。

 

さよなら2019年

もう2019年が終わろうとしているわけです。

 

加齢とともに1年が早く感じられるというのはオッサンあるあるで、今年もまあ早かったです。仕事が地味に忙しかったというのも原因ですが、まあ何よりオッサンであることが最大の原因だと思います。

 

昨年末は有安さんの話にかこつけて(まさか今年のうちに想像したよりもかなり斜め上の展開になっているとは思いもせず)「自分も文章なるべく多く書きたい」と、なんとなくではありますが努力目標を掲げました。毎年なんとなく過ぎてしまう1年に、少しでも「頑張って何かする」という意味合いも含めて、また2度目のブログ引っ越しをしたことと併せて「ブログ頑張って書く」年間にしたわけです。

 

その結果、今年書いた本数は「129本」(この更新含む)と、2010年以来の100本超えとなりました。うーん、結構頑張った。特に上半期はかなり意識して書きまくった(割に大したこと書いてない)ので、本数をかなり稼ぎました。さすがに後半仕事の繁忙期にはかなりペースダウンをしてしまいましたが、それでも例年になく頑張った。オッサンやればできる。一銭にもならないけど。

 

今年は芸能界的にも色々ありました。個人的には1月の有安さんからブログ更新欲にブーストがかかった感じがします。そして年間を通した吉本の騒動、クレイジージャーニーの件、Aマッソの件など、暗い話題を扱ったものが多かったかなあと思います。アクセス数がはねたのもこういう話題。個人的には超絶どうでもいい話題のほうが書いてて楽しいんですけども、読まれるのはそういうものではないのです。これはブログ始めたときから変わらない真理でもあります。自分はこういうのを読んでほしいだけなのに…

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自分でなんとなく立てた目標とはいえ、ちゃんと100本以上更新するあたり、生来のマジメさが出てしまいました。そのかわり失ったものも大きく、よくよく考えたら今年一年「他人と飲む」ということを一切しなかったわけです。元々非社交的であるのと同時に「会社の飲み会は都合上車で行くしかなく飲酒できなかった」「友人たちが家庭を優先した結果飲みに行く機会がない」「自分ひとりで飲みに行くくらいなら、自宅で飲みながらテレビ見てる」という様々な要因が合わさった結果、こうなりました。何もストイックに打ち込んだ結果ではないのにこんなことになるとは…

 

それに付随するかのように、ススキノのいわゆる「大人のお店」にも一切足を踏み入れませんでした。煩悩を断ってまでブログの更新に邁進する、といえば聞こえはいいですが、もちろんそんなつもりは全くなく、ただ単に「飲みに行く機会もなければおっぱい揉みに行く機会もなかった」が正解です。何が楽しくて2019年を生き抜いたのか、自分でもよく分からないです。

 

というわけで2020年の目標は「ブログ更新とおっぱいの両立」です。テレビたくさん見てブログもそこそこ更新しつつ、おっぱいもそこそこ揉む。そんな1年にしていければいいなあ、と。結婚の予定はありませんがブログ閉鎖の予定もありませんので、来年もお暇な方はお暇なときにどうぞお付き合いください。

 

え、まだ通用すんの?

水曜日のダウンタウン」のクロちゃんアイドルプロデュース企画「MONSTER IDOL」が一応の決着を見せたわけですね。

 

「継続」「クビ」「クビ+罰」の処遇を視聴者がCDを購入することで投票するという制度。大方の予想通り「クビ+罰」が最多となり、さらにはクロちゃんが「自分の彼女にしたい」という理由で脱落させたカエデさんが最終的にメンバーに加わることで大団円ですよ。

 

自分は「キモいクロちゃんを観察する」というそもそものコンセプト含めて、かなり白けた気分でこのコーナーを眺めていた。そして今回決着がついたときも「ああー、こんな方法でよく盛り上がるよなあ」と思っていた。

 

「クロちゃんキモい」に関しては正直もうお腹いっぱいなのである。何度か呟きもしたけども、「キモいものをキモいと思いながら気持ち悪がる」ことに「怖いもの見たさ」という要素はあるんだろうけども、少なくとも自分はそれを何度もわざわざ見せられるほど欲していない。簡単に言えば「クセにはならない」ものだ。なんでウンコみていちいち「いやー、臭いなー」と思わなければいけないのか。

 

それより自分が色々困惑したのが「こんなに分かりやすい筋書が書かれているものが、令和の時代にまだ堂々と展開されている」ことだ。

 

アイドルが選ばれる過程を見ることで感情移入をし、応援したくなる。そしてその応援を形にするためにCDを購入する。今回の場合は「CDを購入することで運命を決める」という要素もある。そして最終的に皆が望んだ形になる。「皆」というのは「視聴者」であり「当事者のアイドル」であり、そして何より「作り手」である。

 

CDを購入することが企画の参加になる、というのはかつて「ウリナリ」でポケビブラビがやっていたことであり、あるいは「5日間で5万枚売るとメジャーデビュー」という試練を課されたモーニング娘。であり、この手法は「自分が平成に見ていたテレビ」そのものだ。なんならそこらへんのオマージュ(あるいは単にパクリ)でやってるんじゃないかとすら思える。言ってしまえば、古い。時代遅れのテレビのやっていたことだ。しかしふたを開けてみれば、そこそこ盛り上がっている。おいおいマジか、と思った。この手法まだ通用するんだ、と。

 

さらに自分があまり乗り切れなかったのは「完全なる筋書通りに動いていること」だ。ポケビブラビもモー娘。も「たぶんこうなるんだろうけど、最終的な着地点は見えていない」のが楽しかったわけで、だからこそ応援の意味も込めてCDを購入しに走ったわけだ。もちろん今回の企画も同じことは言えるけど、やっぱり「クビ+罰」を最初から想定して作っている感じは受けた。まあそりゃそうなるよね、と。もちろんバラエティだからそれでいいんだけどさ。

 

なかでも気になったのは「これってWACK(BiSHなどを擁する事務所)のアイドル売り出しをTBSがやってるだけじゃないの?」という感じがヒシヒシしたところ。もちろんそれもそれでいいんだけど、自分は「ゴールが決まっているものに誘導されてゴールを決めさせられた感」がやっぱり苦手だ。作り手の思うつぼ。これって昭和で平成で終わっていたと思っていたのに、そうじゃなかった。こういうのを嫌ってテレビ離れが進んでいたと思っていたんだけど、違う。全然見ているほうは乗せられている。終わってない。こういうのまだまだ出来る。テレビの影響力強い。

 

そしてこの現象は「テレビまだまだいけるんだ」という気持ちよりも「こんなんでまだ乗せられるってことは、見ているほうの意識は何ら進歩していないのか」という気持ちになった。あれだけ「テレビつまらん」とか言ってる人間が増えているはずなのに、平成のテレビ番組の手法を丁寧にトレース(もちろん現代風の仕掛けは施してはいるけど)した企画でちゃんと盛り上がるんだから、「テレビつまらんっていったい何なのだろうね」とはちょっと思ってしまった。「面白いものはいつやっても面白い」っていう話じゃないと思う。年末に少し考えさせられた。

 

 

雑ゴシップ

「こんばんは、アルコ&ピース酒井健太です」

 

平子祐希です」

 

「2019年12月31日火曜日、今日のゴシップーー、さあ今週もリスナーから鮮度抜群のゴシップが届いております。今週は、芸能、海外、動物、経済とございます。さあそれではいつも通り平子さんに引いていただきましょう」

 

「じゃあ、真ん中からいこうかな」

 

「はい真ん中でました、芸能のゴシップです。ラジオネーム、officialチンポジウム、瑛太、令和元年が終わる前に永山瑛太に改名」

 

(平子、酒井、笑い声)

 

「なるほどね。何か心機一転めいたものがやっぱりあったんだろうね。真剣祐さんが新田真剣祐に、太賀さんが仲野太賀に改名したパターンと同じで苗字つけるやつでしょ」

 

「そうみたいですね」

 

「いや面白いよ。面白いけどさ、いやあー、でもこれはよくないぜ酒井。」

 

「え?どういうことですか?」

 

「酒井な、我々にとっての瑛太はこんなにカジュアルかつシンプルにイジっていい存在じゃないわけだろ。オールナイト時代にあれだけお世話になった瑛太のイジりとしてはこれは雑よ。雑」
(筆者注:参照)

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「でも平子さん、これ本当ですから」

 

「そんなわけあるかよ。今更瑛太が苗字つける?」

 

「いやいや平子さん、ウソじゃないって!」

 

「酒井な、やっていいゴシップとダメなゴシップがあるわけよ。これはダメよりのやつよ。俺がアメトーーク3年間出られなかったのと同じタイプのやつな」

 

「それは単に加地(筆者注:アメトーークゼネラルプロデューサー加地倫三)が悪ぃだけだから。また出演したらケズっから」

 

「また出来ないのにそれ言うの?そっちはいいんだって。とにかく瑛太の雑なイジりは今後禁止な」

 

「じゃあ平子さんは雑じゃないどんな苗字だったらよかったんです?」

 

「えーとね、ちょっと待ってよ……………木村」

(筆者注:瑛太の嫁は木村カエラ

 

(酒井、平子爆笑)

 

アルコ&ピースD.C.GARAGE!」