気付いてしまった

「千鳥のクセがすごいGP」を見ていて、気付いてしまったことがある。

 

水曜日のダウンタウン」で令和を自力で的中させたコンビとして一躍有名になったななまがりがネタを披露していた。ムーシー藤田としても有名な(有名な?)ボケの森下が次々と変なやつとして登場するネタ。

 

その中で「架空の下ネタ」を持って登場する変なやつが登場する。架空の下ネタはギンモといい、謎の塊で23cmある。ツッコミ初瀬の身長が180cmでギンモの7.82倍でありいやらしいと言って去っていく。ネタとしては初瀬が「計算早かった」というのがさらに面白いのだけど、今回はそこじゃない。

 

この後VTR明けでスタジオゲストだった川栄李奈(人妻子持ち)に千鳥が「架空なんでギンモって言ってもらってよいか」と迫る。そして川栄も架空なので「ギンモ」と言ってくれる。スタジオでは「言い方がやらしい」と盛り上がっていた。それでおしまい。

 

しかし酒を飲みながら上機嫌で「おもしれえなあ」と思って見ていた自分は、ふと我に返り、気付いてしまった。

 

 

これ、日常生活でも応用できるんじゃないか?

 

 

頭おかしいと思って人はそっとページを閉じてくださいね。以下続く。

 

まず最初に考えたのが、このギンモ同様「架空の下ネタ」を相手に言わせて興奮するパターン。これは自分が恥も外聞もない高校生くらいだったら実際にやっていたかもしれない。もちろんギンモでもいいし、なにかもうちょっと絶妙にやらしそうでやらしくない単語を考案し、それを大した理由はないけど言ってもらう。まあそんなコミュニケーション力が高校生の頃にあったら、そんな周りくどいことしなくてももっといやらしいことも出来たろうに、とかは思うけど、実行に移していても不思議ではない。

 

しかし自分もいい加減オッサン。さすがに日常生活でそんなことを言わせようとしていたら、下ネタではないけども「あいつガチでヤバい」という評価に直結するわけで、さすがにそんなことは出来ない。まあやろうと思えばできるけど。

 

となれば、もうこれは勝手に自分が意識改革すればいいだけである。日常生活にある言葉を架空の下ネタに仕立て上げればいいだけですね。例えば今のご時世ならば「テレワーク」。いったんテレワークの意味をバカにすれば、日常会話で「ここ最近はどのくらいテレワークしましたか?」と聞いて「週3回くらいですかね」と答えられたら「え?テレワーク週3回もやってんの?週3でテレワーク?」と興奮できるわけです。字面も反応もいたって普通ですが、自分の中では「あんな人が週3でテレワークやってるとかこれはもうめちゃいやらしいじゃないですか」となる。もちろん興奮はその時点でおくびにも出してはいけない。出したら逮捕。

 

そんな「セルフ架空下ネタ変換術」が日常生活で出来たら、もうこれは最強。AVいらず。普段の生活がエロスで溢れ、ただテレビで流れる何気ない会話が全てエロスに。身が持たないかもしれないが。

 

しかしななまがり森下のキャラくらいヤバい人である自分は、さらにこんなこと考えちゃうわけです。

 

あれ?この真理に気づいている人はもう世界に何万人と存在するのでは?

 

だって自分くらいのしょうもない人間でもこの世界の真理に到達してしまうのだもの、自分以前にこの真理に到達している人たちがいないはずがない。しかもそんなことにいとも簡単に気付けてしまうのは、そりゃあ頭の回転が速くキレ者に決まってますね。しかもその事に気づいた人間だけが、そのエロスを共有し皆で興奮する。そんなことをしている人たちが世界にはいますね。

 

そう、メンサです。

 

メンサとは自称「人口上位2%の知能指数 を有する者の交流を主たる目的とした非営利団体」を標榜していますが、その実際のところは「セルフ架空下ネタ変換術を自由に操る集団」だったのです。こんな集団であることを大っぴらに開示してしまうと恥ずかしいので、気取って「知能指数高い集団」を名乗っているんでしょう。だってよく考えてほしい。メンサって名前がそもそも架空下ネタっぽいじゃないですか。堂々と架空下ネタを名乗っている大胆不敵な集団、それがメンサ。

 

「セルフ架空下ネタ変換術を自由に操る者の交流を主たる目的とした非営利団体」だとすれば、こんなに合点がいくことがない。たまにテレビで「メンサの会員です」みたいな人間が登場しますが、何を堂々とメンサであることを名乗っているのか。今後自分はメンサの会員と名乗る芸能人は、全てななまがり森下みたいなもんだと思って見ることにします。

 

ななまがりのネタ以上に頭おかしいことを書いてる自覚は、ある。

 

精神の谷間

気付いたらもう1月後半でやんの。仕方ない。2週間休みなしで働かされていたらこうなる。テレビもあんまり見れてない。最低限こなしている感じです。「江戸モアゼル」のことを全力で書きたい気持ちは山々なのですが、いかんせん疲れていて、いまいち気分が乗らないのです。

 

テレビ見れてないってのが一番の理由ですけど、それと同時に年末にオリエンタルラジオが吉本辞めて独立つう話に対して、自分の中で「なんか喉に小骨引っかかってる感」があり、自分の考えを言語化するまでにもうちょっと時間がかかりそうで、そこもすっごいもやもやしていたり。年明けてからずーっと精神的に「やや下降気味」です。仕事のせいもありますが。

 

もう少し仕事が落ち着いてきたり、テレビを見る時間ができたりと余裕が出来れば変わってくるのでしょうが、今はまだ精神的に谷間にいる感じですね。

 

と、ここまでが前置きです。言いたかったのは「谷間」だけです。もちろん書いたことは嘘ではないのですけど。

 

映画「記憶にございません!」の地上波放送があったので、録画を見ました。三谷映画は極力映画館で見ようと思ってはいたのですが、いかんせん気付いたら映画終わってたくらいの生活をしているので、今回も見ることなく普通にスルーしてました。だから地上波でやってくれるのは本当にありがたい。「ギャラクシー街道」は完全に無視されてますけども。

 

内容としては、「三谷幸喜は『総理と呼ばないで』をもう一回しっかりやりたかったんだろうなあ」という感じです。かつて田村正和主演で放送された連ドラ。前評判は高かったけれど、それほど話題になることなく終わったドラマ。三谷幸喜の中で消化不良だったんだろうなあ、と。今の田村正和では難しいので、中井貴一で多少設定を変えて再挑戦、みたいな印象でした。普通に面白かったですが、映画の尺では逆に物足りなくて、連ドラで見たかったなあと。

 

とまあ今更映画の感想なんて書いたところで誰も読まないわけです。そんなことを書きたいわけではない。自分が精神の谷間で気になったのは「無駄に炸裂した吉田羊の谷間」です。

 

ただのスケベじゃねえか、と言われればそれまでですが、スケベを置いておきいったん冷静に考えると「吉田羊が谷間を晒す必然性はあんまりなかった」という事実がなんとなーく最後まで頭に残る映画なんですよね。

 

吉田羊の役は記憶喪失の総理大臣(中井貴一)の同期の議員で野党第二党の党首であり不倫相手。ホテルで密会して情事に及ぼうとする役なので、そりゃあ脱ぐんですけども、なぜか中途半端に谷間だけ見せつけてくるのです。誰も「吉田羊がヌードになるかも」とは思ってません。そもそもこの映画のテンションにおいて吉田羊が不意に谷間を晒してくるとは誰も思っていないのです。しかし吉田羊は「女優だから谷間くらい見せるわよ!」ばりの圧力で谷間を晒すのです。

 

得、したのかなあ。

 

自分は映画が終わるまでずーっとそんなことを考えてました。そして映画が終わってました。吉田羊の谷間は予想外にエロく、普通に考えたら「期待してなかったけどいいもの見れたな」となるような気がするのですが、今これを書いている最中ですら「あの吉田羊の谷間はなんの意味があったのだろう」と思っている。しかしエロに対して冷静になれることはただの敗北でしかなく、やっぱり不要だったのではないかと思えてしまう。

 

そして何より映画の感想そっちのけで吉田羊の谷間について自分が考えている時点で、映画のストーリーには不要でしかないと分かる。よって結論は「三谷幸喜が見たかっただけ」だろう。

 

自分の精神的には谷間でも、三谷幸喜が谷間を欲していたことは分かる。そんな映画。

 

 

ふるくさいテレビ

あけましたね。何も変わりません。

 

NHKで「あたらしいテレビ」が放送されましてですね。昨年までは「新春テレビ放談」が放送されておりましたが、コロナ禍のさなかに放送されたこちらの番組が取って替わる形で新春に放送されることになりました。

 

でまあ、見たわけですが、昨年までの「新春テレビ放談」を見たときの「自分はテレビをたくさん見ているつもりではあるけど、この会話のど真ん中には決していない」という感覚がさらに加速していくような感じがしました。それというのも、この番組のタイトル「あたらしいテレビ」とは、地上波だけではなく映像コンテンツ一般を指し、それを「あたらしいテレビ」と定義しようとしているからです。

 

「テレビ」とは、地上波テレビだけを指すわけではありません。家庭のテレビ、パソコン、スマホなど、あらゆる媒体で目にする映像コンテンツを上に載せ、映像文化のこれから──<あたらしいテレビ>について考え、深く鋭く語り合います。

www6.nhk.or.jp

そうなると自分はもう「あたらしいテレビ」の住人ではないし、居所がなさそうです。だって地上波以外の映像コンテンツなんて全然見てないもの。YouTubeで見ているものは「アルピーチャンネル」と「東野幸治の幻ラジオ」くらいなものだ。有料配信コンテンツはいまどきひとつやふたつ入会しているのが当たり前なのかもしれないが、はっきり言おう、そんなもの見ている時間などないのだ。自分は地上波の消化だけで手いっぱいなのに、何を有料配信のものまで手が回るというのか。無理無理無理無理。ラジオも聴いてる。仕事の時間が本当に邪魔くさい。

 

有料配信のコンテンツやYouTubeのコンテンツに面白いものがたくさんあることは間違いないだろう。そこを否定するつもりはないのだが、自分は「トータルで地上波より面白いコンテンツなんてあるの?」と未だに思っている。なぜならどんなに頑張っても地上波のみを録画しているHDレコーダーの録画容量が一向に減らないからだ。もし自分の見たい番組が減っている、つまらなくなっているならば、もっとHDレコーダーの負担は減るだろう。減る気配がないっつうことは、まだまだ地上波で自分は充分だ。

 

そして自分は「つまらない番組にもテレビのおかしみがある」と思っているタイプの人間なので、ただ面白い「だけ」のコンテンツにあまり興味がなかったりするのです。甘いものを食べて甘いと思うだけでなく、自分はその中に雑味としての渋味や苦味も味わいたい。渋味や苦味があるからこそ、その甘さが際立つとでもいうのか。

 

カッコつけて書いてみたものの、つまるところ自分は「ふるくさいテレビ」に取り残される人間でしかないということです。十年後には朽ちて消えているかもしれません。ただ自分は朽ちるまで「ミヤネ屋」で芸能人の自殺に対して親身に寄り添うフリをして下世話でしかない様を見て「これこれえ」と思いたいし、そんな内容に怒りを覚えているとテレビで怒るヒャダインを見て「うるせえなあミキモト真珠」と思ったりするのです。

 

正しいもの、面白いだけのものがはびこるテレビなんて何が面白いんだよ。これが目指すべき「あたらしいテレビ」なら、テレビ見るのやめようかな。

 

 

さよなら2020年

どうも、ハトヤです。年末忙しかったですが、ようやく仕事納めで休みになりました。

 

本日12月30日の夜は「バスVS鉄道旅7」を1.5倍速で追いかけ再生しながら見て、録画に追いついたら同時に録画している「有吉の壁」の1.5倍速の追いかけ再生に切り替え、ある程度時間がたまったらまた「バスVS鉄道旅」に切り替え、4時間の放送中に両番組をほぼ同時に見終える、みたいな過ごし方をして現在です。本気出せばこんなもんです。どっちも超面白かったです。本気出しても感想はこんなもんです。「アメトーーク」はまた後日。さすがに5時間長いのよ。

 

今年は世界的には波瀾の1年でしたが、個人的には「さほど例年と変わらない1年」でありました。GWの時に気づいてしまったのですが、自分の生き方というのはどうやら世間一般の人から見れば「自粛生活」と呼ばれるものだったのです。だから周りの人間がやれ自粛だやれテレワークだとストレスをためる一方で、自分は普通に出勤し(テレワークをやろうと思えばできる職種ですが、一切そんなことにならなかった)、そして休日はほとんど家に引きこもっては録画を消化する毎日。自分は何かの刑に服しているのかもしれません。

nageyarism.hatenablog.com

 

昨年末に今年の目標として「ブログ更新とおっぱいの両立」という30代後半としてはあまりに情けないものを掲げました。ブログの更新こそまあまあ頑張れた(100本には到達しないものの、この更新含めて91本)のですが、もう一つの目標「おっぱい」のほうは、ススキノなんか近寄った日には非国民的な扱いをされそうで、コロナ禍以降一切近寄ることがありませんでした。一応自分も社会人なので、札幌に住んでいる以上年に数回はススキノに行く機会はあるのですけども、今年は2月にジンギスカンを食べたっきり足を踏み入れておりません。もちろんおっぱいも揉んでおりません。

 

テレビの話をすれば、コロナ禍で番組制作が一時的に不可能になり、再放送や総集編が大量に流されるという今までになかったことが起きました。しかしそれが「悪いこと」だったのかといえば全然そうではなく、むしろ昔の面白かった番組をまた見ることが出来るというのは全然アリだったわけで、今後ますます制作費に余裕がなくなっていくテレビ業界が再放送との折り合いをどうやってつけるのか、みたいな話になっていくのではないかと思います。

 

ブログの話をすれば、岡村ANNの発言の件で大量のアクセスがありました。過去イチくらい読まれた(アクセスがあった)と思います。長いことやってりゃこんなことも一度くらいあるわいな、くらいの気持ちではありました。その一方で「こんなに反響ないものかね」とも思います。これだけアクセスあればもうちょい何か褒められたり、謎の500万円が口座に振り込まれたりしてもよさそうなもんだと勝手に思ってましたけども、自分の文章ほど誰からも相手にされていないものもないな、と改めて気づかされました。あんなにアクセスあったけど、結局誰も読んでないんだな、と。だからここで「草なぎ剛の嫁は一本で満足するのかな?」とか書いても何の反響もないのです。数少ない読者がそっと離れていくだけです。

nageyarism.hatenablog.com

 

世界がコロナでどうなろうとも、自分は2021年も変わらずテレビを見てそこそこ仕事をして、そして誰も読んでいないブログを書いてあっという間に1年終わるのだと思います。世の中の人はコロナで急に時間ができたから、と新たなことを取り組んだ人が多かったようですが、自分は今年新たに始めたことは1つもありません。そうひとつも。だから2021年も新しいことはせずにテレビ見てラジオ見てももクロちゃん見てブログ書いてるんだと思います。誰から相手にされなくても、勝手にやってるんで、来年もヒマな人は勝手に見てください。

 

解決えみちゃんねる

「M-1グランプリ2020」の感想を敗者復活から。

 

敗者復活戦

金属バット

ちゃんと「大会向け」に作ってきたネタ。無意識にもっと刺激を欲してしまった。

 

タイムキーパー

どこかで見たことある感じ。初期のパンクブーブーと似たような印象。こなれてるけど他の誰かでもいいやつ。

 

コウテイ

ふざけてるけどしっかり面白いやつ。意外に投票の評価低いなあと。

 

カベポスター

見ているほうが混乱して巨人師匠点数低いやつ。

 

インディアンス

仕上がっていました。

 

からし蓮根

換気のくだりは笑うなあ。

 

ぺこぱ

去年の自分たちが最大の壁。

 

ランジャタイ

頭おかしい。決勝でかましたらどうなるのかちょっと見たい気がする。

 

滝音

ツッコミ先行。

 

キュウ

ごめん 理解できない ラトビア

 

学天即

勢いある時期にM-1がなかった悲哀。去年の囲碁将棋とまったく同じ感情。

 

ゆにばーす

自分の中では敗者復活1位。

 

ダイタク

双子-1グランプリがあったらおすピーに次いで準優勝くらい面白い。

 

ロングコートダディ

じわじわ欲してしまった。

 

ニッポンの社長

来年は決勝行くと思う。笑いの地肩が強い。

 

 

決勝

インディアンス

不良。敗者復活から昨年のリベンジといわんばかりに大暴れ。非常に個人的な感想であるが、敗者復活から決勝まで録画をぶっ通しで見たので、短時間に同じ漫才を2回見ることになってしまったゆえ、あんまり決勝のほうの印象がない。疲れていたので油断して寝ていたのかもしれない。インディアンスの今としては完成された感じがあるので、これ以上となるともう一捻り必要なのか。酷だなあ。

 

東京ホテイソン

謎解き。強烈なワードを叩きつけるたけるのツッコミを見ているほうが欲してしまう。けど去年の敗者復活のほうがワードとしては強かった気がするし、個人的2020ベストツッコミ「いーやクンニの尺!」を超えることはできなかった(当たり前だ)。ネタギリッシュで披露したあのネタを生放送をいいことにやっていたら、伝説に残ったかもしれない、みたいなことを考えてしまった。

 

ニューヨーク

モラル。嶋佐が飄々とモラルの低い犯罪を並べていくくだりに「これこれぇ」とニヤニヤ。やっぱりニューヨークはこうあってほしい。今年1年の活躍がこういうネタをやれる余裕に繋がっていたんじゃないだろうか。もうひと爆発あればなあ。

 

見取り図

マネージャー。しゃべくりストロングスタイルから少し変化をつけて若干コントが入ったような構成に。最初の謝罪の朝礼を最後に回収してくるあたりも憎い。変化球が多かった今回の大会においては「安心して見られる漫才」だったような気がします。

 

おいでやすこが

知らない曲。おいでやす小田のともすれば古臭い全力のツッコミがスコーンとハマった。もちろん面白かったんだけど、このウケ方を見ると「ひとりでは空回りしていた感のある小田のピンネタのツッコミにおける最適解がこの形なのかなあ」とか余計なことを思ってしまった。こがけんが淡々とボケ続ける(歌い続ける)というのも相性がいい。正式コンビではなくても、ちょいちょいコンビでもやればいいのにね。

 

マヂカルラブリー

高級フレンチ。ここに関しては「上沼恵美子が笑っていた」というだけで最大の仕事が済んでいて、あとはオマケみたいなもの。しかしこのまま優勝までかっさらっていくのだから凄い。これを漫才じゃない、と言いたい人は言えばいいんだよ。だからどうした面白いのが正義じゃ、と自分は思う。

 

オズワルド

改名。すげえ面白かったんだけど、あんまり点数が伸びなかったなあという印象。見ているほうが、もしかしたらやっているほうも「東京漫才」のキャッチフレーズに縛られているんじゃないかと思う。最初声が小さくても途中から声を大きくしてもいいじゃんかよ、と思った。

 

アキナ

好き。漫才も上手いし面白くないわけじゃあないんだけど、年齢不相応というか、20代の若手漫才師がやるようなネタだったなあと。富澤は「(自分のような)オジサンには設定がはまらなかった」と優しくフォローしていたが、見ているほうの問題じゃあない気がする。M-1はいいのか悪いのか最初の紹介VTRで年齢を出されるわけで、40歳の山名がやってこれは面白いのだろうか?という真っ当な疑問が生じてしまった時点でこれは難しい。「THE MANZAI」でブラックマヨネーズが「若い頃にやっていたネタは自分たちに合わなくなってしまった」というコメントを残していたが、そんな感じ。いや新しいネタなんだろうけどさ。

 

錦鯉

パチンコ。大好きとしか言いようがないがあんまり伸びなかったなあ。アキナのときに順番が順番が、と言われていたけども、錦鯉こそ順番にやられた気がする。おいでやすこがとマヂラブで力技の笑いに若干疲れていたんじゃないんだろうか。もう一回見直したら全然面白いもの。これが3,4番手で出てきたら大爆発していたかも。

 

ウエストランド

マッチングアプリ。うーん、こちらも見ているほうが疲れていたと言ってしまえばそれまでなんだけど、「遂に決勝に来たか。仕上がったか」という期待値を上回るほどではなかったかなあ。「可愛くて性格のいい娘は、いないよ」のシーンで笑う上戸彩を抜いたカメラが最強だった。

 

決勝

見取り図

大阪。1本目とは違いこちらはガチガチのストロングスタイル。これを2本目に温存しているんだから力ありすぎ。

 

マヂカルラブリー

手すり。見取り図とは違ってこっちが1本目だったら結果は全然違っていたかも。1本目の印象が2本目のネタまで面白く感じさせている。

 

おいでやすこが

バースデーソング。歌ネタありきのこのコンビは2本目まで相当強くないとキツかった。やっぱり1本目のインパクトを超えられず、が僅差の負けかなあ。

 

 

優勝はマヂカルラブリー。審査員票が3・2・2に割れる大激戦。松本が「いつもは2組で迷うけど、今年は3組で迷った」と述べているように、最後は「何を基準に見ているか」の差だったように思う。結果は結果として何の異論もないけど、去年みたいな「これはミルクボーイだろ」という揺るぎなさとは違って、あと少し何か違ったら結果は大きく違ったんじゃないだろうか。でもその僅差を勝ちきってしまうマヂカルラブリーはやっぱり「持っている」んだろうなあと思う。上沼問題も色々な意味で「解決」してよかったよかった。

 

出来過ぎだった昨年の大会と比べるのは酷ですが、かといって今年も充分に面白い。必要以上の煽りの演出は「ダセエなあ」とは思いましたが、ソーシャルディスタンス的なおかげで余計なゲストがいなかったのはすっきり見やすかったです。正直マヂカルラブリーの露出が劇的に増える光景は浮かばないんだけど(ごめんなさい)、飛び道具的な扱いだった評価は大きく変わるんじゃないかという気はします。「勇者ああああ」にはちゃんと凱旋してほしいです。なんだかんだでやっぱり楽しい大会とテレビを見たなあ、という満足感でおしまい。

 

 

QとW

今年の「高校生クイズ」の感想は「あんまよく覚えていない」である。

 

いや録画もしてあるし見返して何かしら書けばいいんだろうけど、そんな気がまるでしない。コロナ禍の影響で全参加者がリモートによる出場という事態は制作側も苦慮しただろう。特にここ2年のコンセプト「地頭力」は自ら体を張って行うものが多く、そこをスタジオにいる芸能人をアバターに仕立て上げて行わせるのは悪くなかった。

 

しかしそれ以外のことがまるで「良くない」のだ。3年1周期であるとされる高校生クイズは今年が「地頭力」の最終年。過去2年を踏襲しつつ、ではなく、ほぼほぼ同じようなことをやっていて、まるで目新しさがない。誰も正解できなかったクイズがまるまるカットされ、それらを含めて「完全版はhuluで」では「じゃあ最初から全部huluでやればいいじゃん」としか思わなかった。見せ方下手すぎないか?

 

今年は色々難しい部分があったことは承知の上で言うけど、全体的にあんまりやる気を感じなかった。来年はシリーズが更新されていよいよクイズノックの出番か。クイズノックが元気だったら、だけど。

 

一方で制作側のやる気を感じさせたのが「THE W」でした。

 

始まった当初は「これで大丈夫か…」的な側面しかなく、立ち消えても不思議じゃなかったくらいの番組。しかしそこは日テレ。数年かけて本気でビッグタイトルとして育てる覚悟があったのか、年を追うごとにレベルが向上。そして今年は「普通に面白い賞レースの番組」として成立していた。

 

要因は色々あると思うが、一番日テレ的で「上手い」と思うのが、「日テレの人気バラエティ番組出演権」だろう。優勝者の顔を売ることで人気者に仕立てることが可能となり、そして何より「THE W」からスターが出た、的な錯覚(と敢えて書く)を起こさせることで出場者の意識とレベルが上がるからだ。実に日テレらしい戦略だと思う。

 

もちろん番組のギミックだけで出場者のレベルが上がるわけではないので、大会も4年目を迎えて本腰を入れてきた女性芸人が増えてきたのだろう。山田邦子が「え?出場費取られるの?」と驚いて辞退したことがもはや懐かしい。

 

Aブロックも面白かったけども、やはり今年はBブロックが熾烈すぎた。ジャンルを問わない「THE W」でしか披露できない勝負ネタを持ってきたAマッソ、超ド級の頭おかしいネタで会場を荒れ場にしたゆりやん、その荒れ場を鎮めて勝負をひっくり返した吉住、着実に笑いのレベルが上がっているはなしょー、どう転んでも面白いぼる塾と、若手の女芸人の頂点を決めるに相応しいメンツが揃ったように思う。そこで勝ち抜いた吉住が優勝するのはこれ必然だろう。もちろんAブロックの勝者紅しょうがも充分に面白く、来年以降も期待できる。

 

特に今回シビれたのがBブロック初戦、Aマッソとゆりやんの勝負。Aマッソの着想とゆりやんのクレイジー加減はほぼ互角。あとは好みの問題というレベルで、審査員は相当悩んだだろう。6票めまでは3対3。アンガールズ田中の最後の1票がゆりやんに入り、勝者はゆりやんに。

 

アンガールズ田中とAマッソは事務所の先輩後輩であるが、ここには大きな繋がりがある。田中がYouTubeのAマッソチャンネルで「Aマッソが売れるにはどうすればいいか」を力説したことで、その的確な批評っぷりが買われ「ゴッドタン」の「勝手にお悩み先生」に繋がり、その評判が「THE W」の審査員にまで繋がったと田中本人が語っている。そのきっかけになったAマッソを「THE W」の舞台で審査しなければいけないという究極の状況だ(と自分は見ながら思っていた)。

 

だから自分はこの勝負、「田中が入れたほうの勝ち」だと思っていた。奇しくも田中の票が最後になったことで、田中の票が勝負を決することになったわけだが、そうでなくても「ここまでAマッソを見てきた田中が票を入れたほうが、実際の勝敗とは違ってもこの勝負の実質の勝者なんだろうな」と見ていた。後輩だからという理由で票を投じるはずがない、という信頼が田中にはあった。だから田中がゆりやんに票を投じたことが全てなのだ。

 

ただここで負けたAマッソは決して損していない。これで知名度は上がり、バラエティ番組に呼ばれる機会も増えるのではないか。なんなら田中とのセットで出演し、田中が票を投じなかったから負けたと吼えることで盛り上がるくだりはすでに「田中には」見えているはずだ。

 

損しなかった、という意味であれば、今回の出演者は誰も損していないように思える。皆それぞれの良さが出ていて、次が見えるような感じだ。笑い飯哲夫が「個人的に審査につけた点数」で100点をたたき出した、頭のおかしいネタをかましたオダウエダの出番が増えてくれればいいなと思う。あとはコロナで出場できなかったスパイクが報われてほしいな。

 

正直全然期待していなかった「THE W」であるが、来年はちょっと期待して見てもいいのかな、と思う。

 

 

 

こういうことか

映画「こんな夜更けにバナナかよ」がテレビで放送されたので見ました。

 

北海道を舞台にした話であり、いまや紅白司会の大泉洋が主演ということで「まあ見ておくかな」くらいの気持ちで見ました。三浦春馬が命について考えていたりと若干複雑な部分もありましたし、感動させつつも全体的にはとても考えさせられる話なのですが、自分が一番心に残ったことは「高畑充希がかわいすぎる」ということです。

 

高畑充希といえばいまや「ケンタッキーをやたら勧めてくるにくいあんちくしょう」ですが、キャリアも長い20代女優のトップランナーのひとりであります。自分が最初に見たのは「金八」で、その後もドラマに映画に色々出ております。しかし最近では過保護にされたり(過保護のカホコ)忘却するためにメシを平らげたり(忘却のサチコ)、ちょっと変わった役が多かったように思います。

 

そんな中「こんな夜更けにバナナかよ」で演じた役は等身大の若者であり、なんかすごい「シンプルにかわいい」というものを見せつけられた気がします。自分は「いつかこの恋を見てきっと泣いてしまう」なんてことがないもので、「ああ高畑充希はこういう役がちゃんと出来るんだなあ」とよく考えたら当たり前のことをしみじみ考えてしまったのでした。ちゃんとかわいい。

 

これが本題ではない。

 

なんでこの映画が今更放送されたのか、といえば大泉洋さんが主演する映画「新解釈・三国志」が公開されるからですね。自分はこのCMが放送されるのを見て、いや実はけっこう前から思っていたことがある。恥ずかしながら今発表したい。

 

三谷幸喜および三谷幸喜作品に対してモヤモヤした気持ちを抱いている人たちの気持ちは、自分が今福田雄一および福田雄一作品に対して抱いているモヤモヤした気持ちと、おそらく同じであると。

 

いやあ気付いてしまった。数年前から「これはもしかしてこういうことなのか」と思っていたけど、つい最近確信に変わった。

 

福田雄一といえば最近なら人気漫画だった「今日から俺は!!」のドラマ化を成功させ、映画も大ヒット。出世作は「勇者ヨシヒコ」シリーズで、佐藤二朗ムロツヨシを多数起用しブレイクさせた実績もある。現代のヒットメーカーと言ってなんら差し支えない。

 

その一方で自分は不思議と福田作品をほとんど見てこなかった。これは本当に偶然であんまり見る巡りあわせにならなかった。前述「ヨシヒコ」シリーズや「今日から俺は!!」は見ていないし、「親バカ青春白書」は早々にリタイア。唯一マトモに見たのは「アオイホノオ」くらいだ。

 

最初のうちから福田作品に触れていればそんなことはなかったのだろうが、既に出来上がった福田ワールドに飛び込もうとしたとき、自分が福田作品に抱く気持ちは単純で「なんかこっぱずかしい」である。福田作品特有の「ギャグの打ち込まれ方」がどうにも恥ずかしい。端的に言えば苦手なのだ。今回の映画「新解釈・三国志」のCMで断片的に放送される「いかにも面白いですよー」的なカットの連続に「もうお腹いっぱい」となる。これを見て面白いとなる人がいるのは分かるんだけど、それは自分ではないという気持ち。

 

でも自分は同じような扱いのものを今までずっと見てきていた。そう三谷幸喜だ。自分にとって三谷幸喜は「王様のレストラン」以来「こんなに面白いものを作る人がいるのか」という尊敬の対象でしかないのだが、そう捉えていない人が世の中にはもちろんたくさんいて、そんな人たちが「ザ・マジックアワー」のCMやスポットで流れた佐藤浩市のナイフを舐める演技のシーンを見て「あぁ…」と思ったんだろうということは想像に難くない。尊敬している自分ですら「あぁ…」と思ったからな。ちなみに「誰かが、見ている」に関してはずっと「あぁ…」と思っている。本当に尊敬しているのか自分は。

 

自分より下の世代の人が最初に福田作品を見て「こんなに面白いものを作る人がいるのか」と思い、自分にとっての三谷幸喜に対する信頼や尊敬と同じものがあるとするならば、あのCMを見たときの感想は自分とまったく違うものになっているのだろう。しかしそれはかつて自分が通ってきた轍であり、自分の外側にいる誰かが今の自分と同じ気持ちになっていたのは間違いない。

 

だから今自分は「新解釈・三国志」のCMを見るたびに微妙な感情とともに「こういうことだったんだなあ」と思う。決して三谷幸喜が悪いわけでも福田雄一が悪いわけでもない。そこにあるのは「合う者と合わない者ではこのような受け取り方の違いがある」という断絶だけだ。自分は今後福田作品と「合う」ことはなさそうだし、夜な夜な思い出したように三谷幸喜が歌う「流星ビバップ」をYouTubeで見てしまうのだろう(個人的にちゃんと録画もしてあるんだけど)。これはしょうがない。

 

 

 

あと全然関係ないけど渡部の「笑ってはいけない」を本当にカットするなら、それこそ有料でHuluで流せよとは思う。金払って見た人の負け。