記憶との戦い

森光子が亡くなったそうだ。享年92歳。ご冥福をお祈りいたします。


芸能人の訃報を聞くと「ああ、あの人亡くなったんだなあ」と、やっぱりどこか寂しい気分になる。もちろん自分の実生活にはなんの関わりもなく、またテレビに現役でバリバリ出続けている人が急に亡くなったわけでもないので、それなりに「見なくなっ」てはいるんだけども、それでもテレビの前から姿を消すのと実際に亡くなるのでは話が違い、ちょっとしんみりはするわけですよ。


森光子だってつい最近までテレビに出ていたような気さえする。「放浪記」ででんぐり返しをしなくなったり、寵愛を受けていた東山紀之木村佳乃と結婚したあたりから「あ、そろそろやべえんじゃねえか」と半ば冗談で言っていたりはするんだが、一方で「森光子というバケモノは200歳まで生きるんじゃねえか」と思ったりもしていたわけで、「やはり森光子もふつうの人だったか」と今更ながら思うわけである。


毎年毎年多くの芸能人が亡くなる。今年も年末が近づいてくれば「今年亡くなった芸能人」がまとめられるだろう。「徹子の部屋」でも必ず特集が組まれる。森光子は来週あたりにすぐ追悼番組が組まれるだろう。そんなわけで今年亡くなった人をおさらいするのは年末の恒例行事みたいなものだが、これと同時に必ず確認しておきたいのが「あの人はまだ生きているのかどうか」だろう。


あなたは「大島渚」がご存命かどうかはっきりと断言できるだろうか?


答えは「生きている」なのだが、はっきりと断言できた人はどれだけいるだろう。出題している自分も、実はもう亡くなっていたんじゃないかととりあえず確認する作業はした。まだ生きている。ちなみに「大島渚」は数年前に伊集院光がかつて「生きているか死んでいるか微妙な人を誰かに聞いてみる」ということをしている、という話をラジオでしていたときに挙げた名前である。あれから数年は経っているはずだが、大島渚は変わらず生きていた。伊集院が話していた当時も今も、その「どちらか分からない感」は変わっていない。


一方で「森繁久彌」はどうだろう。


答えは「2009年死去」である。3年前の話ではあるが、森繁久彌が亡くなったことは結構なニュースにもなったのでこちらは断言できる方が多いかもしれない。自分も死んだと断言できる。しかし、これもあと数年もすれば「なんか死んだような気もするんだけども、もしかしたら生きてるかも」なんて思えてくるんじゃないだろうか。というのも、森繁久彌は誰かしら亡くなったときに「俺より先に逝きやがって」みたいなコメントをよく残していた。んでもって「森繁ジジイまだ死んでねえんだ」というのが記憶に刷り込まれているわけで、どこかで記憶がなんとなくすり替わってしまう可能性すらある。


だから自分は、こういう機会に「あの人まだ生きてるんだっけ」と思った人物の存命を調べることにしている。荒井注はとっくに亡くなっていた。小野ヤスシは今年亡くなったんだっけ。谷啓は2年前だったか。三國連太郎はまだ生きている。野坂昭如もまだ生きている。ハマコーは今年亡くなり、中曽根元総理はまだ存命。こんな具合だ。


テレビから消えると「死亡説」が囁かれる昨今、その人物が実際に存命かどうかはいちいち確認しておかないと、もはや誰が生きていて誰が死んでいて、誰がテレビから消えて誰がテレビの外でイキイキとしているのか分からない。こういう折に振り返っておくのもいいんじゃないかと思う。


ただ、その人物が存命かどうかを知ったところで何の感慨も意味もないことは断言しておく。本当に「確認の作業」なだけ。