「10万円でできるかな」が10万円以上使っているとの報道が。「10万円でどれだけできるか」というコンセプトなのに、宝くじ(スクラッチ)購入の際には数十万円使っているし、さらに当たりが出そうなものとそうでないものを差し替えているとのこと。
当該記事およびテレ朝の反論を読んだけども、これは「演出の範囲内」だろうよ。以下説明。
デイリー新潮がドヤ顔で言うには「10万円でできるかな、と言っておきながら実際は10万円以上使っている!ヤラセだ!番組の趣旨に合ってない!」なんだけど、テレ朝は「いやいや、番組の演出でスクラッチの法則調べるために10万円以上購入はしているけども、それはそれで別枠で購入して使ってないから」と割と冷めた感じで述べているように思う。あと深夜時代の企画の過剰演出は認めているので、これは今回はスルー。
今回の件で唯一引っかかる部分があるとすれば「10万円の購入枠」と「法則を知るためそうでない枠」のスクラッチを、当たりが出そうなものに関しては交換しているのでは?という部分。これが本当ならば「それはヤラセって言われても仕方ないなあ」であるが、テレ朝側は否定しているものの、さすがに記事と反論だけでは判断がつかない。
しかし「法則を導くために実際には10万円以上購入している」は「それは経費じゃないの?」と単純に思う。さすがにそこまで純粋な人間ってもうテレビ見てないんじゃないのかなあ。それとももうそういう人しかテレビ見てないのかなあ。ちょっと不安になる。
たとえば「どこまでを10万円の枠に含めるか」という問題がある。スクラッチの企画であれば「10万円ぶんのスクラッチ購入」となるのだろうが、少し考え方を変えれば「そのスクラッチが当たりやすいという情報を得るためのリサーチ料や、スクラッチが当たりやすいという売り場に出向く為の交通費は含まれないのか」となるし、究極的には「出演者のギャラが10万円では出来ない」とか言い出したらもうお終いである。かなり強引な言い方をすれば「10万円では何も番組はできない」だ。
そして番組を少しでも見たことがある人ならばご存じだろうが「10万円」の枠はそもそもけっこういい加減である。番組の目玉企画でもある宝くじ企画(スクラッチではなく年末ジャンボなどの大型の宝くじ)では、購入するレギュラー出演者やゲストが複数人入り乱れての「ひとり10万円」であるから、トータルの購入額はちっとも10万円ではない。もっともジャンボ系は1枚300円なので、純粋に10万円しばりでは「まず当たらない」からゲストという「枠」を増やして購入額を増やし、なんとか当たるように仕向けるのはもはや必然ですらある。資金があるなら「1000人で1億円でできるかな」も可能なのよ。個人的にはやってほしい。単に面白いから。
自分が思うに、テレビにおいて「ひとつも当たりませんでした」はリアリティはあるがバラエティではないのです。もちろん今のご時世「全く当たらないことをエンタテインメントにする」ことは可能だ。実際YouTuberならそれも面白さとして提供している。だからまあ、「宝くじそのものに不正をしている」ならばともかく、購入額を多少増やして当たりを出すのは全然許容範囲じゃないのかなあとは思ってしまう。そもそも、そんなに厳密に期待値を検討する番組じゃないし。ただの「金を使った割とバカなお遊び」じゃないかよ。目くじら立てる意味が分からない。逆にこの番組をそんなに真剣に見ているなら、それはそれで頭が下がる。下げないけど。
「やらせ」と「演出」の境界線の問題は毎度毎度登場するが、この番組に関しては、その手前の「番組経費でしかない」で自分の中では決着した。そもそもの話題が小粒!どうせヤラセを指摘するなら「当たったクジを金銭を払って他者から購入していた」くらいのインパクトがないと記事にしちゃダメ。新潮は何の勝算があってこれ記事にしたんだろう。誰か10万円で調査してくれないですかね。お金は払いませんけど。