ちょっとだけ、被災して

9/6 3:07

初めは、小刻みな揺れだった。ガタガタ鳴り始める本棚のガラス戸。あまり聴いたことのない音になってきて「おや、これは大きい地震なのでは?」と感じ始める。すると同時に携帯電話が鳴り始めた。

地震です」

知っている。今揺れてるんだ。後に冷静になって気付くが、緊急地震速報震源からある程度離れていないと地震が到達する前に鳴らない。ということは、震源がよっぽど近い場所だったのだ。それはともかく、今までに体験したことのない揺れ。部屋に積んでいる雑誌の山、本の山が雪崩のように崩れ始める。


同時にまだ状況が飲み込めない自分は「あ、本棚倒れてきたら無傷じゃ済まないな」と思う。「逃げなければ」と思うが、体がついてこない。幸いにも本棚が倒れてくることはなかった。揺れが収まり、ようやく意識がはっきりする。部屋の中は本が散乱しているが、ガラスが割れているなどの被害はなさそうだ。足元に気を付けながら家の中を見回す。食器棚からガラスのコップや茶碗が落ちて割れているくらいで、あとは大きな変化はなさそうだ。まだ電気もついているし、とりあえず状況が分からない。テレビをつけて速報を待つ。と、その時電気が全て消える。

9/6 3:20頃

家じゅうの電気が一斉に消え、停電だということに気づく。当然テレビはつかない。何も情報を得る術がなくなってしまった。携帯電話もろくすっぽ充電しておらず(60%そこそこだった)、ここで携帯の電池を無暗に使うわけにはいかない。考えているうちに、部屋にしばらく使っていなかった携帯型のラジオがあることを思い出す。電池もちゃんと入っており、作動。どうやら震度6強(後に7に訂正)の地震が起きたらしいことが判明。「こりゃあえらいことになったな」と思いつつ、真っ暗で何も出来ないので寝ながらラジオを聴く。

9/6 5:00〜9:00

夜明け。天気も良く、カーテンを開ければ不自由なく動ける程度に明るい。停電で中途半端になっていた割れたガラスの処理、自分の部屋の崩れてきた本の後片付けなどをこなす。職場からの連絡はない。この時点で水道もガスも通じている。水道は「断水されている」という情報もあったが、自分の地域では大丈夫そう。とりあえず水が使えるというだけでかなり安心感はあった。報道を見た道外の知人、友人から安否を尋ねるLINEがちらほら届き始める。こういう時に連絡をくれる友人は本当にありがたい。くれない人だって心配してくれているとは思うが、安否を尋ねるメールやLINEはその時返信できなくても皆心の支えになる。過剰な連絡でなければ送るべきだなあと受ける立場になって初めて感じる。

9/6 10:00〜12:00

ラジオを聴きながら断続的に居眠りを繰り返す。地震発生時点からそこまで不安視をしていなかった自分はここまで寝ては起きての繰り返し。もちろん余震は充分に考えられるし、緊迫した状況が続いてはいるのだけど、自分の身ひとつしか守るべきものがない30代のオッサンはこういう時に実に呑気なもんである。食料も家にそこそこあったし、水は出る。電池も買いためたものがあるし、LEDの電灯もある。それゆえの安心感だったのかもしれない。立場によってはもっと深刻な状況ではあるんだろうが、この午前中の時点で「何か買いに行こう」という気持ちは全く起きなかった。そもそも停電も昼くらいを目途に回復すると思っていたし。ここだけが甘かった。供給量に対する需要量の過剰により、全道一気に停電。仕方ないことではあるけども、電力会社の見通しの甘さの指摘もやむなし。これが冬だったら被害は計り知れない。

9/6 12:30〜

職場の上司と連絡がつき、自動車でとりあえず職場に行くことにする。携帯の電池も少なくなっており、自動車であれば充電も出来ることもあり、行くことに躊躇はなかった。そもそもこの時点でもう何もやることがなかったからだ。そこそこ汗臭かったのでお湯の出ないシャワーを気合いで浴びて、着替えて職場へ。


この時点では電気の復旧もままならず、信号も殆ど消えている。こういうときには互いに慎重に運転することもあり、逆に信号でずっと止められるということもなく割とスムーズに職場まで。こういう時に普段から運転しており、信号の少ない道を知っているのは役に立った。


職場で上司と合流。当然のように仕事は休み、自宅待機に。事務所は驚くほどに何事もなく、とりあえず安心して帰宅。帰宅途中に札幌中心部である中央区は電気が一部復旧しはじめ、明かりのついているコンビニや間引かれて主要道路のみついていた信号が少しずつ復活し始めていた。これを見て「ああ、今日中にはなんとかなるんじゃないか」と少し安心する。これもまだ甘かった。

9/6 14:00〜

帰宅しても相変わらずやることはない。まだ明るいうちなら読書が出来ると思い直し、読んでいなかった文庫本「人生エロエロ」(みうらじゅん)を読み始める。地震に被災している人間が読むにはいささかエロが過ぎる内容。「295万戸が停電」とかいう放送がラジオから聞こえてくるたびに「ほう、295まんこ…」と思うくらいにはどうかしていた。本当に被災で苦しんでいるや困っている人がいる中、自分はこんなこと考えてました。心配してくれた方がいるならば本当に速やかに謝りたい。あと断水情報を聞くたびに「断水ぃんオールナイト」ともんたよしのりばりに歌っていたことも謝りたい。

9/6 17:00〜

少しずつ太陽が沈み始め、暗くなってくる。どうやら日が昇っているうちの電気復旧が無理くさいことに軽く失望しつつも、暗くなってからでは調理が出来ん!と思い、停電で冷蔵能力が落ち始めている冷蔵庫から死にかけの鶏肉とレトルトのトマトソースを合わせて簡易版鶏肉のトマト煮を作る。ガスも水道も使えるから、そこそこの調理ならば出来てしまうゆえの結果。

9/6 18:00〜

いよいよ日も沈み、暗くなる。本を読むにも厳しいので、あとはもうひたすら寝ながらラジオを聴くだけ。そして聴いているうちに断続的な眠り、の繰り返し。1時間おきくらいに寝ては起きて、を繰り返す。色々見ることが出来なかった番組のことが頭を過る。けど素直に諦める。

9/7 1:00〜

6日中にやはり電気は復旧せず。寝ながら落胆。そして「おぎやはぎのメガネびいき」があまりに通常放送すぎて「こっちは電気もついてないのに…」とか思いながら、その一方であまりの下らなさに思わず笑ってしまう。こういう時はやっぱりこっちのほうがありがたい。

9/7 8:00〜

携帯の充電が2%を切ったので、いい加減充電しなければと思い、通電しているであろう職場へ向かう。十数分で職場に到着。思った通り通電しており、誰もいない職場で携帯を充電しながら携帯ゲームに興じる。誰もいないし快適。久々に快適。不謹慎と思いつつも快適。

9/7 11:00〜

職場そばのスーパーに「なんかあればいいな」と軽い気持ちで突入。どうやら開店して間もなかったようで、商品は豊富。混み具合もそれほどでもなく、案外すんなり朝飯代わりの食料を確保。ありがたかった。呟きもしたけども、過剰な買いだめをする人もちらほら。物流が途絶えているわけではないので、そこまで買い込まなくてもいいのでは、とは思った。

9/7 12:00〜

いったん帰宅し、改めて出社。どうやら今日から通常営業に戻るとのことで、若干引きつつも通常業務へ。やる気はないけど、ムダにたくさん寝たのでムダに元気なのがなんか腹立たしい。

9/7 18:00〜

自宅から電気復旧の連絡。一安心。実に40時間ぶりの復旧。長かったけど本当に安心した。正直なところ電気がなくて困ったのは冷蔵庫の中身くらいではあったが、それでも回復したと分かるのはほっとする。しかしその一方で「電気はなくても他がちゃんとしていればまだなんとかなる」ことも分かったのは大きい。そもそもネット依存じゃなかったんだな自分はと少し安心した。


電気の復旧に関しては他の地域が次々と復旧する中でなかなか回復せずやきもきした気持ちがないわけではなかった。しかし「自分のところは水もガスも通じるし、まだマシなほうだ」と言い聞かせることで我慢するしかなかった。こういう時は周囲と比べて恨み言を言うのではなく、周囲と比べて自分たちがまだ我慢できるところを探すべきなんだろうなあ、と感じた。

9/7 22:30〜

仕事を終えて帰宅。「チア☆ダン」が無事録画されていることに安堵。電気がついていることにも安堵。現在に至る。



……とまあ、自分の「ちょっとだけ被災体験」を書き並べてみました。「ちょっとだけ」と書いたのは、震災の被災者は本来こんな生易しい状況ではなく、電気以外は使えていた自分は「被災した」うちに入らないのでは、という思いからです。だから「被災体験」としてはあまり参考にならないかもしれない。しかしその一方で「この程度の被災だったらどうにかなるや」という謎の楽観があったからこそ、「ちょっとだけ」と思えたのかもしれない。物事をあまり深刻に捉えるのもこういう場合は得策ではないですし。


実際40時間の停電は結構しんどい。自分のようなテレビ人間にはテレビのない生活も多少堪える。しかし堪えるだけで死にはしないのだ。人間生きていればまたいいこともある。こういう状況ではこういう気持ちも必要なのだろうなあ、と珍しく前向きな気分になった自分がいたのでした。


ただ、今もって停電やそれ以上の深刻な状況にある世帯も多く、また大きな余震、本心に類する大きな地震がいつ来るとも限らない。決して油断は出来ない状況ではあります。でもだからこそ、そのような状況からはちょっとだけマシな自分のような人々は、余計に暗くなることを避け、いつも通り笑っていたほうがいいんじゃないかと思いましたとさ。