翻弄される

芸人柏崎桃子に密着した「ザ・ノンフィクション」が北海道でも先日放送されました。首都圏では6月頭に放送されたようで。


さも当然のように「柏崎桃子」という名前を出していますけど、もちろんメジャーな芸人ではない。石井光三オフィスに所属する駆け出しの、といっても年齢は既に36歳で見た目は体重100キロオーバーの女芸人である。売れない芸人が「ザ・ノンフィクション」に取り上げられるのは別に珍しいことではない。彼女の場合はシングルマザーでありながら子どもを実家に預けて芸人として売れるという夢を持っている、という取り上げられ方をしていた。まあよくあるテーマですよね。


そんな彼女は、このドキュメンタリー密着とは全く関係のないところで顔が売れてしまう。それは「月曜から夜ふかし」の街頭インタビューでたまたま見つかってしまったことだ。見た目も経歴も強烈な彼女を番組が放っておくはずもなく、そしてVTRで見たマツコデラックスが食いつき、芸人であることが分かると瞬く間に名前が売れてしまった。もちろん局地的な話にはなるんだけども、それでも今現在「夜ふかし」の影響力を考えれば、売れない芸人にとっては生活が一変する出来事だ。


番組の構成も最初は「色々崖っぷちの女芸人が事務所の契約更新をクリアできるのか」という取り上げ方をしていた。番組前半で流された彼女のネタ披露のVTRは、マネージャーのダメ出しのとおりネタも面白くはないし、そもそも覚えてこないし、と酷いもの。意地悪な見方をしなくても「ああ、これはクビ切られるよな」という感じで話が進んでいた。


しかし彼女に神風が吹く。もちろん「夜ふかし」のインタビューだ。これで名前が売れたもんだから、そりゃ今現在多少ネタがつまらなくたって「今は“まだ”手放さなくていい」という事務所の判断になる。あっさり契約は更新された。ノンフィクション側としては契約更新のはざまでドラマを盛り上げるはずだったのに、いとも簡単に更新されてしまったもんだから困ったのだろう。そこでドラマの矛先を「夜ふかし」でも仲良しの相方として登場した、こちらも実は同じ事務所のモノマネ女芸人であった「ナナちゃん」との関係にシフトしたのだ。


番組の前半は「ももちが心を許している同期の女芸人」という紹介のされ方。ももち(柏崎の通称。もちろん嗣永桃子の自称に由来する)が有名になったことで、彼女とセットで登場したナナちゃんにもスポットが当たらないはずがない。有名になる前からももちと仲良くしている写真をたくさんSNSにアップしていたことが災いしたのか、SNSで「ももちの人気に便乗するな」と叩かれたようだ。番組前半では「名前と活動をPRするためにはSNSは欠かせない」と語っていた彼女が、SNSに苦しめられているという前フリが効いた構成。思い悩んだ結果、ももちとは距離を置き、事務所も辞めてしまうという道を選んだ。2016年7月現在芸人は辞めておらずフリーで活動しているようだ。それはそれで頑張ってほしい。


離婚歴のあるももちは「また親しくしている人間を失ってしまった」と寂しさを隠せずにいる、みたいな感じで番組は終了を迎える。ノンフィクション側としては思っていたような着地ではなかったかもしれないが、ドキュメンタリーとはいつでも不測の事態が起こるもの。番組内容としてはまあこんなもんだろうという気もする。


自分が面白いと思ったのは「フジ(ザ・ノンフィクション)が日テレ(夜ふかし)によって翻弄された」ところだ。もちろんテレビ局の取材は独占ではないのだから、こういうことがあっても不思議じゃない。もちろん日テレ側も故意ではないだろう。それでもこういうことが起こるのだから、そもそも「ももち」という芸人は何かを持っていたという言い方が出来るのかもしれない。また、芸人としての人生だけではなく、ナナちゃんとの関係も「夜ふかし」によって翻弄された。もしあの時取材を受けていなかったら、二人の関係は良好なままだったかもしれないけど、ももちは売れずに契約は更新されず、また違った結末になっていたのかも。「二人とも芸人を続けている」という今がある意味では、一番いい結末なのかなあと思わないでもない。


今自分がここにこうやって文章を書いている、という現実も、自分の人生の分岐点において数多の選択をしてきたことによるものだ。もちろん物凄く大きな決断以外は覚えているようなもんではない。だから普段意識することもない。しかし、今回の「ザ・ノンフィクション」は、人生における「偶然」という分岐点が明示され、それがどのような結果をもたらしたのかを明確にしているような気がした。しかもそれが他のテレビ局による、というところがまた面白い。やらせではないテレビ局の作為が、いかにもテレビ的な展開を生んだのだ。これってもっと評価されてもいいんじゃないのか。


あと最後に、途中放送作家として登場したのが、元「ホーム・チーム」の檜山だったことは記憶に留めておきたい。