悪魔の証明


みなさんは「悪魔の証明」つう言葉をご存知だろうか?

悪魔の証明」とは、「ない」ことを証明するのは「ある」ことを証明するよりも困難だということを表現した言葉である。例えば「あの人は痴漢である」という証明は、痴漢の際に手をつねられた時にできた傷など、「ある」ものから推察して証明することは可能であるが、「痴漢をしていない」ことを証明するのは非常に困難である。

なもんで、裁判では訴えた側が訴えた相手が何をしたかを提示する必要があり、それが「立証主義」を呼ばれているものだ。そうしないと「あいつは人を殺した」と訴えられた時に、訴えられた側が「人を殺していない」ことを証明することになるのではたまったものではない。ちゃんと訴えた側が訴えた相手の「人を殺した」証拠を立証しなければならない。

ま、そんな話はともかく、ここで言いたいのは「ない」ものを証明することは「ある」ことを証明するより遥かに難しいということだ。


行列のできる法律相談所」にて、鈴木紗理奈が出演。

久々に鈴木紗理奈をバラエティで見たな、と思ったら島田紳助にニューハーフ扱いされている始末。前からされていたような気もするが、久々に見た鈴木紗理奈は以前に増してニューハーフのような顔立ちになっていた。

そこで紳助はこう言った。「紗理奈の股間にはついている」と。

それに対して紗理奈はこう言った。「ついてない、ついてない。ついてないことを見せられないけども、ついてない。」

鈴木紗理奈が女性である以上は、股間には男性器がついていない。そりゃそうだ。それを証明するのには、見せればよい。けど、見せることが出来ない。それもごもっともである。

見せればいいだけの話だ。ここでは「ない」ものを「ない」と証明するのは、それが「ある」ものを「ある」と証明するのと同様に簡単なこと。見せればいいのである。ただ、それが出来ない。

これが男の立場ならばどうだろう。例えばオカマキャラの山咲トオルが「ある」ことを証明するのに見せればよいと言われれば、そう苦労もなく見せるような気がするんだが。でもそれが女性になるとやっぱり全然立場が違うような気がするわけで。やってることは同じなんだけど。

勿論これは検証が可能な範囲であるから、厳密には「悪魔の証明」ではない。だがやはり、「ない」ものを「ない」と証明することが、それがいかに簡単なことでも難しくなるという意味では、まさに「悪魔の証明」ではなかろうか。