プロフェッショナルとは

ジュリーこと沢田研二が自身のライブをドタキャン。


記者会見の姿がカーネルサンダース過ぎて、自分は正直そっちのほうが面白くてちゃんとこの報道について考えていなかったのだけど、なんだかジュリーを非難する声が思ったより多くて驚いております。


もちろんジュリーのライブを見に遠路はるばるやってきた人もいるだろうけども、そもそも全国ツアーで回っているライブだし、近くに来たら見ればいいだけの話。今もってジュリーのライブを見に来るような人間が「生活費を削って田舎からジュリーのライブに!」なんて人は多くないだろう。どちらかといえば余生まっただ中でお金を持て余している層が戯れで参加しているというイメージ。だからまあ基本的には「よくないこと」ではあるんだろうけど、このドタキャンで本気で怒っている「現役ジュリーファン」はいないと思う。だからこの件は本来「まあ、しゃあないね」でお終いだ。


けどなんだか、ことさらに怒りを増幅させ、ジュリーのことを「プロ失格」とか言ってる人がいてこれも驚く。なんでプロ失格なんだろう。自身のライブを楽しみにしていた7000人の人をないがしろにしたからか。まあその点で多少なりとも「非」はあるんだろうけど、もしその「非」がプロの自覚から来るものだとしたら、それはプロ失格なのだろうか。


ジュリーは記者会見で「満員にならないライブ会場でパフォーマンスをする気にならない」という旨を述べている。それが契約の段階でそう伝えられていたのか、ライブをやる条件だったのか詳しい話は知らないけども、少なくともジュリーからすれば「満員になっているホールでこそ初めて自分のパフォーマンスが発揮される」と思っているのだ。それが事実かどうかはともかく、演者がそう思っているんだから、それがいい悪いの問題じゃないのだ。ジュリーのプロフェッショナルの意識の問題である。


もちろん「そんなの言い訳だろ、ちゃんとライブやれよ」という意見はある。それはそうだろう。しかし、「それでもやるのがプロ」という考え方と「それではやらないのがプロ」という考え方に優劣はなく並列だと自分は思うのだ。世間の多くの人が考えるプロ意識とは前者であり、ジュリーの考え方は後者である。ただそれだけだ。だとしたらなんでジュリーはプロ失格なんだろうか。自分の考えに合わない考え方をただ「プロ失格」と罵るのは、それはプロ以前に人間としての何かを失してないか。


実際ジュリーがそう思っているかどうかは分からないけども、大損害が出ることを承知で自分のプロとしての矜持を曲げないために批判を覚悟でその決断を下したのだとすれば、それは紛れもなくプロだろう。それをただのワガママと言うのかもしれないけど、自分はプロだと思うんだよなあ。


NHKの「プロフェッショナル」で番組の最後に「あなたにとってプロフェッショナルとは?」と尋ねるシーンが必ず挿入される。それはNHKが「名言あるある早く言いたい」とRGばりに名言あるあるを狙っているのではなく、プロフェッショナルが100人いれば100通りの「プロフェッショナルの考え方」があると思っているからだろう。だからジュリーが「批判を受けることを覚悟で自身のライブをドタキャンし、気分が乗らないパフォーマンスは提供しない」というのも、ひとつのプロフェッショナルの答えではないのか。まあ長いことアマチュアイズム丸出しの文章を書き殴っている自分が言うことではないんですけども。