喚くオッサン人形

1か月ぶりに更新したと思ったらまたももクロちゃんの話かよ!でお馴染みハトヤです。もう誰も見てないと思っているので好き勝手書いてます。テレビは相変わらず浴びるように見てますけど、書くのをサボっているだけです。


先日札幌医科大学で行われたももクロちゃんのリーダー百田夏菜子さんの講演会という名のいつものグダグダトークを観に行ってきました。なんせチケットが当たってしまったもんで。中身に関していうと「最初ちょっと講演会らしくマジメに話していたけども、結局終始グダグダのトーク」という、「そういうもの」と最初から知っているモノノフは存分に楽しめたと思うのですが、これを初めて見た札医大生はどう思ったのでしょうか、つう感じ。まあそれなりにグッとくる話も出来てしまうのが百田さんであり、それだけでオールオッケーという感じもありますが。


さて自分はそんないつものグダグダトークを心地よく見ていたのですが、少し気になったことがあったので、ちょっと書いてみる。それは「うるせえのは漏れなくオッサンである」ということ。これは由々しき問題だと勝手に思ってます。


ももクロちゃんが定期的に行う小さい会場でのトークショー。もちろんアットホームな雰囲気になるので、ももクロちゃん及び川上プロデューサーなんかはお客さんのモノノフとかなり近い感じで双方向のやりとりをします。実際今回の講演会もお客さんの参加具合は結構なもんだった。ただ、自分が気になったのは、ちょいちょい大声で何かをアピールしていたのはどいつもこいつもオッサンばかりなのだ。若者じゃなく、オッサン。


北海道弁ではこういうのを「おだつ」というのだけど、大抵は若者を諌めるときに大人が使う言葉。「おい、そこの若いの。おだってんじゃないよ」と。しかし会場でおだってるのは総じてオッサン。実は自分のとなりにもそんな「おだったオッサン」がいたわけだけど、もう自分は隣にいることが恥ずかしくて仕方なかった。そして斜め前にはデカい声の合いの手を入れるオッサン二人。偶然隣同士になったのか知らんけど、隣同士の会話の声がデカい。もっと小さい声で話せないのかオッサン。


おそらく隣のオッサンも斜め前のオッサンも、自分が「おだっている」とは絶対に思ってない。このイベントを楽しみにして「自ら積極的にこのイベントに参加して作り上げている」くらいに思っているんだろう。こういうやり取りが全くないよりは、多少あったほうが盛り上がることは否定しないんだけど、そういうのは若い人がやったらいいんでないかと自分ことオッサンは思うわけですよ。いい歳のオッサンがここぞとばかりにはしゃぐなよ、と思う。


壇上に上がっていた川上プロデューサーが何も言ってないので、もちろん許容範囲内での盛り上がりかとは思う。しかし一応「講演会」と名のつくもので、メインは学生だということを頭に入れておいてもなお、そんな振る舞いになるもんかねとは思ってしまうのだ。


悲しいかな自分も既にオッサンである。人間慣れてきて歳をとると、自分の物差しを信じて疑わなくなる。「どういう物差しであんな振る舞いをしてんのかなあ」と他人の物差しを批判する自分の物差しがある。どっちもどっちか、と自戒せねばいかんのかな。とにかく現場に行ったときは楽しく終わりたいっつう話ですよ。今度はテレビの話をするよ、たぶん。