基準のはなし

半沢直樹」の後に放送されていた「ベストパフォーマンス」を3回全部見たんですがね。


以前にも何度か放送されていて、その時は「THE MANZAI」直後の千鳥が「大人電話相談室」のネタをやっていて、「これはまあ長くて個人的にベストのネタかもしれないけど、本人たちが思うベストとそれを見る人のベストってのはやっぱり違うもんだなあ」という感想を書いた気がする。呟きのほうを検索したらこんなこと書いてた。

「時間無制限」が仇になって「ベストパフォーマンス」じゃなくて「長尺でも許されるネタ」をやってるようにしか思えないコンビがいたのがもったいない。まあ往々にして当人たちの思うベストとそれを受け取る側のベストには開きがあるもんですけど、それを汲むのが本物。

今回も基本的にこの感想は変わってないんだけども、そこまで「ベストかな?」と思えるネタをチョイスしているグループはいなかった。その代わり「海外で大絶賛!」とか無駄にハードルを上げられて「ん?こんなもん?」と思えてしまった人たちが何組か。それこそ「が〜まるちょば」に関しては4年半も前にこんなこと書いてる。自分も無駄に老けたので「凄くない」とは思わないんだけど、やっぱり「凄い!」とハードルを上げられて見せられるほどのもんじゃないよな、とは思ってしまう。


やっぱり「海外で絶賛」は「世界に認められた凄い人」って受け止めてほしいんだろうが、もはやそういう時代じゃなくなってきていると思うのだ。海外では海外の評価があり、それが日本でも同等の評価を得られるかはまた別。そしてどっちかに優劣があるわけではない。海外で面白くないものが日本で面白いことがあれば、その逆もまた同じ。だから海外での評価をそのまま日本に持ち込んでほしくはないと思うわけで。


個人的には「が〜まるちょば」の芸は海外ウケを念頭に作られているものだと思う。基本的に言語の差異を問題にせず、そして万国共通の下ネタを織り交ぜつつ、実に「巧み」にできている。しかしことこれを「日本基準」にすると、今ひとつ突き抜けて面白いわけでもなく、何か「煽りに対する物足りなさ」を感じてしまうのが自分の素直な感想である。


あとひとり、「映像に合わせて踊る人」が出ていた。もちろん発想は面白く、よくできているとは思ったんだけど、かといってそこまで驚くもんではなかったとも思う。あのくらいなら海外にもっとすげえことやる人いそうだもん。NYの単独公演も「仙人テイスト」という味付けがあってこそなんじゃないかな、と思った。レベルは違うがやってること自体はももクロちゃんが「ももクリ」で見せたのと同じだしなあ。そういう意味での自分の感動が薄かったのかもしれない。


「世界基準」つう意味では、映画の評価も同じ。海外で評価される作品が自分の心にグっとくるのかは別。「文化」という基本的な発想が違うなか、海外でも評価されるというのは「素晴らしい」ことではあるんだろう。ただそれは海外の文化に刺さっただけで日本人好みかどうかはまた別だし、もっと言えば自分が好きかどうかも別。だから松本人志監督の「R100」が海外の映画祭で酷評されるのを見て「面白くない」「才能ない」というのはやっぱり違う気がする。もちろん前3作の評価がそういう批判に上乗せされているのは否定しないけど。


結局「他人の評価」や「他人のお墨付き」って参考にはなるが参考にしかならないということなんだろうなあ。基準を設けることは大切なことなんだけど、基準に振り回されてる感があるのもどうかと思うのだ。


なんでこんなことを書いたのかといえば、先日職場の同僚と某有名ラーメン店に行ったとき、店内に所狭しと有名人のサインが並べてあったわけです。有名人は有名人のステータスとして誇らしげだし、店側は「こんな人が来店しました!」という宣伝にもなるし、winwinの関係だから別に飾ってあることに文句はないわけです。待ち時間のヒマつぶしにもなるし。


ただ、「有名人」という枠組みは非常に難しいですよね。どこまでが有名人なのか。ひとつの基準は「テレビで見たことがある」なんだろう。テレビに出てれば有名人。単純かつ分かり易い。だから全国的には有名ではなくても、地方局のレポーターやアナウンサーのサインなんかが飾ってあるわけだ。


しかしだからといって「これは誰?」というレベルのサインは飾らなくてもいいんじゃないか?とは思う。


もちろん「自分にとっては知らない人だけど有名人」てのはたくさんいる。例えばプロ野球選手なんてのは、そのチームのファンじゃない限り、ユニフォームも着ていなければ「体の大きい人が来た」くらいな話で、なかなかその人であることに気づくこともないだろう。店側が逐一チェックを入れているとも思わない。じゃあなぜ野球選手のサインが飾られているのかといえば、それは「団体でご来店」だろう。さすがに何名も大柄の男が入ってきたら、そして金回りよさそうだったら雰囲気で分かるだろう。


けど、「マリリンジョイ」は分かるのか?


マリリンジョイには申し訳ないが名前を出させてもらう。彼は「あらびき団」なんかにも出演していた*1吉本の芸人である。バッファローマンの扮装をしてネタをやることも多い。さすがにバッファローマンのまま店に入ってきたら「なんだこいつ芸能人か」となるかもしれないが、絶対にそんなことはない。


じゃあなぜマリリンジョイがサインを残しているのかといえば、店員に熱烈なあらびき団のファンがいた、というわけではなく、「地方公演のお笑いライブで芸人が集団で店に来た」に他ならないだろう。誰か一組でも有名な芸人がいれば、そのお仲間は自然と芸人ということになる。そこで店側も気を遣って全員にサインをもらったんだろう。その結果がマリリンジョイ。サインとしてほぼ無価値。


しかしサインをもらった以上飾らないわけにもいかないので、店の壁には不可解な「マリリンジョイ」の色紙が、割と目立つところに飾られていた。シュールすぎる。面白いけど「店としてどうなんだ」とひとりニヤニヤしていた。たぶん芸能全般に興味がない店なんだろう。飲食店なんてそんなもんか。


一緒に来ていた同僚は同じくサインが飾られていた「チーモンチョーチュウ」を知らなかった。THE MANZAIの認定漫才師ですら、目立たなければ知らないレベル。知名度でいけばマリリンジョイなんて殆ど一般人のレベルだ。これだったら自分が「実は芸能人ですねん」と言って「ハトヤ」と色紙に書いても分からないだろう。*2


「有名人」の基準はものすごく曖昧だ。芸人であれば有名人か、テレビに出ていれば有名人か。よく分からないけどもサインだけは店に置いてある。もし自分が飲食店を始めるときは、「なんだかよく分からない人のサイン」だらけにしておきたい。そう思った日曜の夜でした。

*1:現在進行形でしている、なのかな?

*2:もちろん自分の知名度がマリリンジョイと同じくらいだ、という意味ではない。念のため