敬礼

「終わり」を看取るのは案外難しいものです。


たとえば人の死。自分の親類も物心ついてから数人亡くなってはいるが、死に目に立ち会ったことがない。そもそも人間の死に限らず能動的に「殺す」という作業(たとえば部屋の中に入ってきた蚊を叩く)を行わない限り、なかなか生命の途絶える瞬間を見る機会はない。昔飼っていた金魚は家に帰ってきたら水槽から飛び出て動かなくなっていた。自分が唯一死の瞬間を目にしたのは、道路で車に轢かれたと思われる猫が最後の力を振り絞って動こうとして事切れたことくらいだろうか。


そしてアイドル。キャンディーズやSPEEDといった大物アイドルグループであれば、その解散も大々的に行われ「終わり」を大勢の人間に看取られるわけであるが、それが叶うのはほんの一握り。大抵のアイドルは人気に翳りが見え、そしてひっそりと解散・引退をする。それでも人気が出たグループはまだ日の目に当たる機会があるから良かっただろうが、全く日の目を見ずに消えていく人たちだって大勢いる。明確に「終わり」があり、それを多くの人に看取られることは幸せなことである。


16日の「あらびき団」にて、女芸人メグちゃんが無期限活動休止を発表した。


メグちゃんという女芸人をご存知だろうか。「♪渚のはいからメグちゃん 登場するなりナリナリ」というお馴染み(ということにしておいてほしい)のフレーズで登場し、ギャグを交えた漫談を披露し、あまりにしょっぱすぎるネタは見ているこちらの心を狂おしくするホリプロ所属の芸人だった。「あらびき団」の常連であり、出演は8回を数えた。


そんなメグちゃんの父親は官僚のお偉いさんらしく、彼女は父親に芸人であることを黙って活動していたのだが、つい先日芸人をやっていることがバレてしまった。そして事務所と話し合いを持った結果「無期限活動休止」という結論に至ったという。前回メグちゃんが「あらびき団」に出演したときに、父親に芸人やってることがバレた、という話が紹介されており、今回の活動休止も同じくあらびき団にて紹介。レフト藤井こと藤井隆があまりの急展開に涙を流しそうになっていたのが切なくも笑える。


無期限活動休止という情報が伏せられたままネタVTRは紹介され、そのネタに対しライト東野(東野幸治)は「ダンプにひかれろ」という言葉の暴力でもって応えた。これが結果的に芸人メグちゃんへ向ける最後の言葉になったわけだ。最低な言葉ではあるが、芸人としてのメグちゃんには最高の贈り物になったに違いない。


確かにメグちゃんの芸は破壊的にどうしようもなく、このまま芸人を続けているよりは「厳格に育てられた官僚のお嬢様」として普通の生活を送ったほうが一般的には幸せなのだろう。もちろんメグちゃん本人は芸人であるほうが幸せなのかもしれないけど。だから今回の無期限活動休止は哀しいことではあるが、本人のためには良かったことということにしておきたい。


なにより「あらびき団」という場所でもって、しかも多くの視聴者に芸人の最後を看取られたのだ。誰にも知られることなく芸人を辞めていく人間が山ほどいる中で、こんなに幸せな引退の仕方はあるまい。メグちゃんという奇天烈な芸人が「あらびき団」から姿を消すのはちょっと寂しいが、彼女の最後を運良く看取ることが出来た人間としては、笑顔で敬礼して彼女を見送りたいと思う。ありがとう、メグちゃん。幸せになってください。*1

*1:この数ヵ月後、あっさりと復帰。めでたいことではあるが北海道未放送につき見れてないのが悲しい。